粗忽庵日記(高原のテラスで十二ヶ月)

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zoom RSS Beijing is 800 km away from there. 標的はあそこ。(4)

<<   作成日時 : 2017/05/18 23:27   >>

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いろんなものを処分しようとしまして、ネットを使って検索し、便利なツールを探し出しまして、さてそれを利用して頑張るのでありますが、案外面倒なのであります。古いものはきっぱりと捨てるのがよさそうで、なまじお金にしようとか人にあげようとすると、肩がこるのであります。これからすると、大きなもの重いもの値段の張るもの、そういったものは百害あって一利なし、あとあと困るのであります。万事、小さくて軽くて安いもので済ますのが一番でありまして、そうなる画像と生き方はおのずから決まるのかもしれません。地震や津波のある国で、家を建てるのもどうかと思うし、家具を買い揃えるのも間違っていることが分かって来るのであります。じゃあどうするのか、と考えた時に、昔の暮らしはあれでちゃんと風土に合っていたと気が付いたりするわけであります。

サツキが咲いた。

畳にちゃぶ台を広げまして、そのちゃぶ台もお膳ならもっといいわけです。畳が板の間ならもっと良い、というようなことになります。ちゃぶ台を片づけて布団を敷きまして、朝になったら布団を畳んで、代わりにちゃぶ台を出す。一般人は四畳半に三畳が付けばよいわけで、そう考えたら昔の下宿の大きさが一番であります。近所を普通に歩いていると、近ごろは葬儀のできるホールがどんどん建ちまして、大きなのもあるんですが、おそらく家族葬にしか使えないような小さなホールもどんどんできております。団塊世代向けに考案されているようでありまして、この世代はどこまでも世の中を変えてゆくのでありましょう。大きな会館で食事の出るような葬式に参列したのは過去になりまして、近ごろは密葬とか家族葬でありまして、もうお構いなくと連絡が来たりしているのであります。田舎の葬式は自宅で営むのが普通でしたから、本当は自宅で執り行えばいいのに、ほら、故人の部屋は箪笥に机に本棚に、按摩器にカラオケ、衣装ケースに大型テレビが鎮座しておりまして、とてもじゃないが遺体を寝かせたほかにお焼香するスペースが足りないはずであります。

   こりゃあ、大変なところで生きていたものであります。

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