粗忽庵日記(高原のテラスで十二ヶ月)

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zoom RSS Wait for me in the wind. 雲が焼け道は乾くとも。

<<   作成日時 : 2017/09/27 22:06   >>

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グーグルのマップであちこち行ってストリートビューで風景を眺めたりしているのでありますが、たまたま北海道のあっちの岬こっちの岬と、陸地の果てを見ているうちに、しらない地名が多いので、これをWikipediaで調べたりするのでありますが、小さな町の人口減がすごいのであります。1970年くらいに2万人くらいの人口を誇ったところが、7千人であったりするわけで、激減しているのであります。そして、恐ろしいことに住人が0になった地区が出ておりまして、限界を超えた集落が存在するのであります。原因はいろいろでしょうけれども、1970年の頃は一軒の家に子供が5人や6人はいた時代でありまして、つまり10世帯あれば、そこには100人、120人という人口が存在したのであります。しかし、おそらく画像岬のある町ではどう考えても高校まででありますし、あの当時の普通の就職はおぼつかないので、進学就職などで若者はその後どんどん都会へ行ったのであります。残ったのは祖父母に両親、幼い末子くらいでありまして、気が付いたら1980年くらいには人口は激減して40人50人のはずであります。そして誰も戻っては来ないのであります。

アカマンマ

やはり、1970年くらいの日本は貧しかったわけで、その後の生活の向上を考えたら、田舎にはいられなかったわけで、やがて東京などの郊外に家を買い住み着きまして、もう東京での二世代目は都会人の顔つきでありまして、夏休みの旅行におじいちゃん・おばあちゃんを訪問する間はいいんですが、当然田舎に戻るはずはありません。北海道ですから、札幌や帯広や函館に出た人もいたかもしれませんが、そこからさらに東京を目指したことでしょう。大昔は限られた人しか都会には行かなかったのでありますが、例の集団就職ブームで堰を切って都会に流入したのであります。その結果、田舎は過疎化し、そして都会は膨張しましたけれども、どちらも子供が育つ環境ではなくなったのであります。

   というようなことを妄想しただけでも、ああ地図は面白い。


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