It's springtime!   さまざまの 事思ひ出す 桜かな(芭蕉)(4)

画像水仙が咲くのかと思っていたら、可憐な白い花が咲いたのであります。その正体は、スノーフレークという花でありまして、別名が鈴蘭水仙、さらには大松雪草という名前もあるそうで、ヒガンバナ科の植物でありますから、水仙とも近いようでありますが、お花はどう見ても鈴蘭の趣であります。去年見たのかどうか、記憶がありませんから、雑草の間に埋もれていたのでしょう。葉っぱの先がちぎれているのは、寒さのせいなのか、それともそういうものなのか不明であります。

    遅き春 スノーフレーク 揺れる庭 (粗忽)

揺れるのは、春風に吹かれて揺れるのでも結構ですが、余震に揺れるというのでも構いません。この釣り鐘のようになった白い花は、地震が来るたびに揺れるのでありましょうね。花の縁が緑色をしていて、ひっくり返すと小人さんのマグカップのような感じであります。おしゃれなマグカップには、ロイヤルミルクティーなどが似合いそうでありまして、つぼみがいくつかありますので、お茶会が出来そうな感じでありましょう。

   ついに桜が開花し始めまして、関東地方南部も百花繚乱の春がやって参りました。

大震災に見舞われた地域から、続々と生活再生を目指す動きが伝えられまして、例えば気仙沼の漁業関係者の映像などを見ていると、表情は厳しいけれども、復興への意気込みは充分伝わって来るのであります。海上での遺体の収容作業も米軍の協力の下で進んでいるという情報も、映像とともに流れましたから、少しずつ安心感が高まるのであります。そうした中で不思議なニュースは、東京電力の若い社員二人の遺体発見のニュースでありまして、こういう場合は行方不明として安否を気遣う情報が流れるべきなのに、いままで秘密だったんでありましょうか。今後経緯は詳しく報道されるでしょうけれども、第一報に接した感想は「?」でありました。

    思いつきであれこれ書いているブログでありますが、そこにも「?」な素材は幾つも存在する。

画像ご覧いただいております写真は、辛夷の新芽と言うことなのであります。フォトライブラリーを見ますと、じつは花開く前の辛夷の写真が少なからず存在するのであります。実は調べてみるとすぐに分かるのですが、花開く前のこの状態が、幼児の「拳」に似ていると言うことで「こぶし」と言うらしいのですが、インターネットで検索すると、このつぼみの状態の辛夷が漢方薬なのであります。「しんい」と称して、風邪の症状によく効くものらしく、頭痛や鼻づまりに効果があるんだそうであります。当然のことながら早春に収穫して陰干しをして使うらしいのでありますが、中国では木蓮などを漢方薬の辛夷として使うそうであります。

http://www.photolibrary.jp/

カメラマンは、「ストーンフェイス さん」ですが、プロフィールには「ダウンロード及び購入された方、ありがとうございます。この場を借りてお礼申し上げます。主に昆虫や花、風景のネーチャーフォトとCG素材をUPしています」とありまして、ほんとにいろんなカメラマンが活躍しているのでありますね。辛夷のつぼみなんかフォトライブラリーにあるのかと疑いましたが、いろいろ目的に叶った写真があったのであります。

    ここで問題は、漢方薬の辛夷の存在を肝に銘じて、次の文章を読むとどうなるか、ということです。

◆仲胤僧都、法勝寺の御八講におそく参りたれば、追ひ出されて、院の御気色あしくてこもりゐたりけるに、
 次の年の春、人のもとより辛夷の花をおくりたりけるを見てよめる、
     くびつかれ 頭かかへて いでしかど 辛夷の花の なほいたきかな (313ページ)

新潮日本古典集成『古今著聞集』下(新潮社)の巻第十八は、「飲食」の巻なのであります。どちらかというと酒をめぐる話が主体を為すわけですけれども、その中にこの話があるんであります。通し番号で言うと、628番でありまして、そんなに難しくはないので原文でも分かりそうな感じなんですね。天台宗の僧侶に仲胤(ちゅういん)というものがおりまして、法事なんかの席でお経を上げまして、あとでその解説なんかを得意とする、弁舌の達者なお坊さんと考えるといいでしょう。白河院が創建した法勝寺で、法華経を読み聞かせる御八講という催しがありまして、この仲胤が担当の一人として予定されていたと言うことのようです。この人は、藤原氏の血を引く家柄のいい人で、比叡山のどこかに住んでいたことでしょう。

法華経というのは、読めば分かりますけれども、仕掛けはキリスト教の聖書と同じでありまして、お釈迦様の奇跡が書いてあるんですが、要するに聖人の一代記、普通に言うと伝記なんですね(あまり信じないように)。こういうものを日本文学の分類で言うと説話と言ったりしますけれども、法華経は漢文で書いてあって、現代語訳はありますが、古文で流布した話は聞きません。ですから、お坊さんが解説するんですね。全巻読んでいたら書写山の性空上人レベルですが、なかなか難しいので、みんなで分担して、読み切ってしまおうという催しが御八講であります。だいたい普通の法華経は八巻仕立てになっているようなんです。一人欠けても、御利益がありません。

法勝寺の御八講の主催者は鳥羽院だったようですが、仲胤が遅刻したものですから、やって来たのを追い返したらしくて、ともかく上皇のご不興と言うことで、仲胤は閉門蟄居と言いますか、自分の僧坊に籠もっていたというのです。翌年の春になりまして、おそらくは彼に法事やら加持祈祷を依頼したい兄弟などが心配して様子を探ったのでしょうね、辛夷の花を送り付けて、そろそろ比叡山を下って京の街に下りてこいというようなことなのでしょう。それを見ました仲胤が、いろいろ知恵は絞ったようですが、次のような歌をお礼として返したようなんです。まあ、鳥羽院のお怒りを鎮めていただこうと思って、取りなしを依頼したと考えればいいわけですね。おそらく、功を奏したからこそ、こうして残っているのでしょう。その歌は、

    首つかれ 頭かかへて いでしかど 辛夷の花の なほいたきかな

上の句は、風邪の症状を訴えているわけですね。それに対して下の句は、特効薬の辛夷をもらったが、やっぱり頭痛がするよというような洒落であります。これを、謹慎の事情に当てはめると、大事な行事に遅刻したので恐縮して法勝寺から帰ったが、漢方薬でもなおらない、つまり今でも反省しているんですよという歌になっているんであります。以上で、すっきりしたと思うんですが、実は注釈上はそんな解釈はしていないのであります。どうなっているかというと、どうしてこんなところに植物の「辛夷」の話が混じっているの?というよなことでありまして、そうなると、珍妙な解釈が提示されているんですね。たとえば、「首つかれ」のところに「食ひつかれ」がかかっているためかとしてみたり、「辛夷」に鰹節の「小節」がかかっているとか、「辛夷」に法華八講の「講師」が書けてあるということまで考えて、謎のままになっているのであります。辛夷を食する習慣があったかどうかも証明する必要があるなら、決着は付かないでしょうけれど、漢方薬っていうところでなら解決するやも知れません。

    バラや菊は食べますね。菊の酢の物は、子供の頃、当たり前に食卓に並んでおりました。

   

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