Are you all right ?   我が袖は 乾く間もなし 潮干狩り(粗忽)(9)

画像ウェザーニュースによれば、現在の気温は33・9度、降水量はゼロですが、南南西の風2メートルと微風でありまして、大変な暑さなのであります。その結果なのか、それとも本来の性質なのか、ごらんの植物の花びらは縮みまして、丸めたティッシュのごとく、はかない有様なのであります。植物の名前は、西洋風蝶草(セイヨウフウチョウソウ)、学名はCleome hassleriana、検索して見るとクレオメ(Cleome)という名前が出てきたりいたします。蝶々が植物に寄り付いているように見えますが、もしかすると擬態なのかもしれません。

庭に忽然と現れた、コケティッシュな花であります。

「私の花図鑑」http://www.mitomori.co.jp/hanazukan/ai.htmlというサイトを見ましたら、英語名Spider flowerと出て参りまして、アメリカ原産、そして夕方に花開くのが見頃であるというような懇切丁寧な説明が出て参りまして、感心することおびただしいのであります。植物関係のサイトの充実ぶりというのは目を見張るものがありまして、裾野も広いが頂点も高いのでありまして、全くの素人からみても、完成度は高く、その内容の豊かさには感心いたします。

   どうも、高校野球の審判のありかたに疑問がありまして、興を削ぐことおびただしいのであります。

昨日の、帝京と花巻東の一戦は、九回裏、花巻東の攻撃、ワンアウト、ランナー二塁から再試合すべきではないでしょうか。この状態でバッターが守備妨害を働いたとして、バッターアウト、ランナーは一塁に戻され、結局内野ゴロ二塁ホースアウトで帝京が8対7で勝ったのでありますが、後味の悪さは格別であります。バント空振りの結果、ランナーが二塁に盗塁の形になったところで、主審は守備妨害を取ったのですが、NHKのリプレーをみても、空振りしたバッターは、ベース上でバント失敗のまま丸くなっているだけで、妨害行為はないのであります。むしろ、帝京のキャッチャーが、右にステップしてバッターをよけて送球すべきであるところを、その場で立ち上がり二塁に送球したんであります。主審は、その瞬間バッターの姿勢を知らないはずなのに、どうして守備妨害を宣告したのでありましょう。

    疑惑はそれ以外にもありました。三塁手とランナーの交錯は、ランナーに非がありますが走塁妨害?

画像三塁強襲のヒットを帝京高校の選手が飛ばしまして、取れなかった花巻東三塁手がうずくまるんですが、そこにランナーが絡みます。どう見ても、ランナーが上手によけるべき所を、仮に捕球してたらそれを妨げるべく絡んだように見えるわけです。ただ、帝京の選手が意図的と言うよりも、その種の接触はやむを得ない場合もあるわけですが、判定が非常に妥当性を欠いているのは明らかでしょう。今朝の朝日新聞を見ると抗議の電話がずいぶんあったというんですが、それは至極最もな気がいたします。みなさん、同じように割り切れないのであります。主審のレベルがあまりにも低いのでは、試合になりませんね。たぶん、プレーの一部しか見えてないのであります。しかしなあ、バントを空振りしてしまった時に、ホームベース上で小さくなる以外、我々はどう身体を使えばいいのでありましょう。動体視力が大丈夫なのかと、審判団に聞いてみたい気がいたしますね。

写真は、哲学の小径で鳴く、セミであります。

ミーン・ミン・ミンと鳴いているのでありますが、我が家の哲学の小径を歩きますと、セミたちが飛び出すのであります。別に虫取り網を片手にしているのではありませんから、そのまま鳴いていればいいのに、遊んでくれと言わんばかりなのであります。このあたりの性格は、カナヘビなんかと似ているのでありましょう。飛ばなければ居場所は不明ですが、飛ぶばかりに見付かるわけです。審判の方も、いちいち打撃妨害、守備妨害、走塁妨害などというものを持ち出さずに、妨害されたというコールを受けてから判定してはいかがなものでしょうか。頼みもしないのに、変な判定を出すより、ストライク、ボール、アウト、セーフのコールを正確に発していただきたい。審判が目立つ試合にはろくなものはないということでしょうか。

    紀の国の 由良のみさきに 拾ふてふ たまさかにだに 逢ひ見てしがな
                                     (『百人秀歌』第90番・権中納言長方)
    妹がため 玉を拾ふと 紀の国の 由良のみさきに この日暮らしつ(『万葉集』巻七・1210番)

本歌は、下に示した『万葉集』の歌でありまして、作者は藤原卿とありますが、それが誰かは判然としないようであります。典型的な本歌取りの歌でありまして、言いたいことは「たまに逢いたい」と言うことだけなのです。「てふ」が「といふ」の略でありますし、「てしがな」というのはこれで一個の終助詞と見なすもので、希望を表します。こうして見てくると、『百人秀歌』にあって『百人一首』に落選した歌は、非常に分かりやすい歌ばかりでありまして、単純な近代の歌は省いたのかも知れません。『百人秀歌』から『百人一首』に改訂するに当たって、落選した歌の位置を見てみると、53番(藤原定子)、73番(源国信)、76番(源俊頼)、90番(藤原長方)となるんですが、この数字の間に固定されて不動の歌人と、順序の入れ替えられた歌人がありまして、どうやら時代毎にまとまりがあるようなのであります。つまり史的な歴史を踏まえつつ、歌人を適切に配置しようと移動させる中で、脱落させるものを選んだようであります。『百人秀歌』で62番(大弐三位)と64番(紫式部)となっていた娘と母を、『百人一首』は母を先にして娘を直後に配するというように修正して、57番(紫式部)・58番(大弐三位)としましたから、二つの秀歌撰の改訂の順番はこれでほぼ決まりですね。誰もがご指摘のはずです。

   藤原定家の年上の従兄弟に当たる藤原長方は、なかなかの硬骨漢であり、すぐれた政治家です。

梅小路中納言と世間は呼びますが、『続古事談』という本に、いい話があります。平清盛は、京都から福原へと遷都を実行しますが、これに不服の貴族が京都に居残るのであります。そう言う人たちを清盛が招集しまして、「古京と新京の優劣を比較せよ」と迫るんですね。命に関わりますから、みんなろくろく意見を述べないわけですが、この長方卿だけが新京の欠点を言いつのって、古京の利点をまくし立てたそうなんであります。その日のうちに還都が決定するんですが、同席していた他の貴族が、長方卿に聞くんであります。「還都に決まったからいいものの清盛が怒り狂ったらどうするの?Are you all right ? 」……ということは、殺されるところだったよと忠告したんですね。ところが、長方卿は落ち着いた態度でありまして、「あれはね、清盛の真意を見抜いたのさ。中国でも日本でも、悪いやつはよからぬ事を思い付くと誰にも相談しないが、後悔するとあれこれ人に訊くのだ。だから、さんざん言ってやったのさ」ということなんです。組織に属している方は、そういうことをたくさん経験していることでしょう。そうか、しまったって思った時だけ相談するんですね。

   さて、番外編4首を眺めまして、いよいよ『百人一首』は、残り8首となりました。あと一息。

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