Are you all right ?   我が袖は 乾く間もなし 潮干狩り(粗忽)(3)

画像コマクサの写真を掲げてみました。先月、つまり七月下旬に、群馬県の白根山の、お釜を臨む登山道の終点で撮影したものです。岩を周囲に積み上げて保護している様子でありますから、登山道を管理している観光協会なり、山岳会の善意によるものでありましょう。木曽の御嶽山などに行った時に、のれんの意匠であるとか、手ぬぐいだとか、あるいは絵はがきになっているものを見たような気がいたしまして、見るとコマクサという名前が浮かぶのであります。

荒れ地を好む華麗な植物であります。

ウィキペディアをみますと、毒を含むことが書いてありまして、うかつに食するわけには参りませんが、毒というのは実は薬にもなりますから、古来腹痛を治す薬として活用したようでありまして、そういえば木曽へ参りますと、なにやら漢方薬のような「百草」ののぼりが目に付きますが、それにこのコマクサの成分を加えた「百草丸」という薬が販売されているようです。放射能は関東平野を横断しまして、群馬県北西部に降り注いだ模様でありまして、白根山の手前あたりまでがホットスポット、このコマクサまでは到達しなかったのではないでしょうか。

   『百人一首』の探索も、90首となりまして、あと一割、10首を残すばかりとなりました。

画像春から夏へと、随分長い間毎日のように『百人一首』に取り組んできましたけれども、計画的に取り組んできたわけではありませんから、不十分はもとより承知であります。しかし、途中で指摘しましたように、研究の厚みが見える注釈書が多いのでありますが、その組織だった書式の完備ぶりはそれぞれ圧巻なのでありますが、えてして横並び、従来の研究が足かせとなりまして、生意気を言えば物足りないところは山ほど出てきたのであります。

写真は、本日のサルスベリ。下から空を見上げました。

この三ヶ月の間にも買い求めた注釈書があります。書店に参りますと、いろんな本が関連本として並んでおりまして、『百人一首』というのは今でも興味を引くもののようであります。しかし、一般的には地味な方でありましょうから、学習参考書的なものが主でありまして、それに老後の趣味に誘うものが加わるわけで、18歳以下と、60歳以上の、言ってみればマイナーな読者を想定しているようです。昭和40年前後には、学者さんを中心にかなり充実した注釈書が出ていたことを考えれば、現在出ているものは軽めのものと言えるでしょう。それでも、しっかりとした問題意識によって書かれたものもあることが分かりました。それはそれとして、一首ずつ思ったことを記しておりまして、すでに指摘があることを「大手柄」などと自画自賛しているかも知れませんが、井戸の中の蛙が叫んでいるだけですから、どうぞおかしな所があってもご容赦下さい。世の中が寛容な大海でありますように。

    見せばやな 雄島の海人の 袖だにも 濡れにぞ濡れし 色は変はらず
                                      (『百人一首』第90番・殷富門院大輔)
   
よく見ると、初句切れ、そして四句切れでありまして。最後の「色は変はらず」がちょっと宙ぶらりんな感じなのであります。「色は変はらず、濡れにぞ濡れし」ということなのでしょうけれども、これだと音調がちょっと変なのでありまして、このあたりのことを折口信夫さんは卒業論文で論じていたと思います。「濡れにぞ/濡れし/色は/変はらず」というと味がありますが、「色は/変はらず/濡れにぞ/濡れし」というと、何か変なのであります。ともかく、濡れても色が変わらない海人の袖に対して、涙に濡れて色の変わった自分の袖を見せたい、という主張が歌の後から飛び出しまして、その仕掛けは見事なのであります。「だに」という助詞がその仕掛けの大本でありまして、あの海人の袖だって、色は変わんないのよ、って言ってるわけです。でも、私の袖は色が変わったの、とアピールするんであります。本歌取りの歌とされていますが、本歌がなくても、十分理解できますね。

    海人は「あま」と読みますが、海士とか海女とか表記いたします。漁師さんや製塩業の人であります。

海女さんが海に潜るところを見たことはないのですが、伊勢の海女さんに会ったことはあります。伊勢で観光バスに乗りましたら、ガイドさんは民宿を営む海女さんでありまして、愉快愉快、非常に楽しいガイドぶりでありました。昨夜はホテルに泊まった方?って訊きますから、ハーイってみんな答えますと、まずいご飯食べてきたのね、今度はうちに泊まんなさい、って言うんであります。伊勢のあたりというのは、古くからの観光地ですから、なかなか接客が上手でありまして、面白いのであります。伊勢神宮門前の赤福でお団子を食べようとしましたら、時間切れ、バスに戻りましたら、赤福の店員さんが追いかけてきてお代を返してくれたりもいたします。バスのガイドさんも心得ていますから、受け取り損ねることもなく、万事がこの調子でありまして、いい思い出になりました。

    きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣片敷き 独りかも寝む
                              (『百人一首』第91番・後京極摂政前太政大臣)

『新古今集』の時代というのは、歌壇の指導者は藤原俊成であったわけですが、後鳥羽院という歌の詠める帝王が出現しまして、そこにこの歌の作者が加わり、天才歌人定家を中心とした男性歌人、さらに女流歌人もたくさん加わりまして、大盛況だったのであります。30人の歌人に百首歌を提出させて、これを歌合の形式につがえまして、合計3000首の『千五百番歌合』などという催しまで行われまして、空前絶後の和歌の大ブームだったと言うことが出来ましょう。その華やかさのなかで、この作者の存在もまた輝いていたことでしょう。藤原良経というのがお名前ですけれども、実は『新古今集』の仮名序の筆者でもありまして、才能は随一であります。しかし好事魔多し、このかたは『新古今集』が完成を見た頃に、頓死しているのであります。何があったのかはともかく、この人が生きていたら、その後の歴史は多少違っていたはずなのであります。田辺聖子さんの角川文庫本は、この人を撰者の一人だと言うのですが、ちょっとした誤解のようです。和歌所の寄人(よりうど)ではありますが、撰者ではありませんでした。

    きりぎりす 衣片敷き つぶさじよ(粗忽)   
      鳴くや霜夜に 共寝するかも(粗忽)   





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