Are you all right ?   我が袖は 乾く間もなし 潮干狩り(粗忽)(4)

画像猫の額ほどの、つつましやかな家庭菜園でございます。お目に掛けるほどのこともありませんので、ろくろく撮影もせずに放置しておりましたら、雑草がはびこりまして、どうしようもなくなりました。先日、時ならぬイチゴの花の開花を見まして、撮影したものを掲示しましたが、あんまりな写真でありまして、いたく反省をいたしました。さらに、その近くのコンクリートの三和土に、どうも近所の猫が粗相をいたしまして、風水が悪くなっていることに気が付きまして、粗相を片付け、放水して清め、さらに家庭菜園の雑草を抜き去りました。

大量の汗と、大量の抜いた雑草、放射能も?

ということで、イチゴだけになった畑を御覧いただいております。写真では切れておりますが、左にハーブの茂みが出来ておりまして、やはり切れている右上に巨大なネギが一本。種から育てたネギは、どこかに消えてしまいましたし、それ以外で残りましたのは、シソと謎の植物。謎の植物は、つぼみが出来ておりますので、開花したらご紹介する予定であります。

   久し振りに晴れた午後の日暮れ時の労働に、実はへとへとでありまして、喉を潤したのは、これ。

画像私は、飲んべえでもなく、グルメでもありませんから、お酒の銘柄なんか知らないのであります。新潟県のお酒で名前と生産地が一致するのはこの「八海山」だけでありまして、「越乃寒梅」というのは名前だけ、あとは皆目見当が付きません。飲んべえの方には笑われそうであります。このお酒は、南魚沼市の八海醸造株式会社が作られているもののようでありますが、ところで南魚沼市って出来たんでありますか?

六日町・大和町・塩沢町の合併だそうです。

塩沢町の塩沢駅のそばに鈴木牧之記念館がありまして、『北越雪譜』という見事な書物を残した鈴木牧之の周辺が分かる記念館であります。そこを尋ねましたのは、もう15年くらい昔と言うことになりますね。塩沢町から在来線に乗りまして浦佐で降りまして、田中角栄さんの銅像を眺めて、駅前のホテルに宿泊したと記憶しております。その時に、六日町の方に「このあたりの方が飲むお酒は?」と訊きまして、「八海山」と即答されましたので、そのときのことを肴にしてこのお酒をいただきます。喉越しがいいので、気が付いたら酔いつぶれておりました。その量は、わずかに180mlでありまして、昔の言い方なら一合でありますね。

    一升瓶の一升が、約1・8リットル、その10分の一が0・18リットル、すなわち180ミリリットル。

一升とか一合とか、そう言う昔の尺貫法の単位を学校では教えてくれませんでした。実際使っているものを、メートル法への移行と言うことで教えないと言うことのようですが、私はぼんやりと人生を生きてしまいましたので、ぼんやりと感じているだけであります。一貫目というのが、3・75キログラムだというのもぼんやり知っておりましたが、一斤というのが600グラムらしいと今知って、驚いております。パンの場合は一斤は、340グラムなんだそうで、どういうことなのか考えたことがないので理解不能であります。一合のお米は150グラム、これが炊きあがると330グラムのご飯になることをウィキペディアで知りました。

   一年くらい、日本酒を飲み続けたことがあります。ほんのちょっぴりですが、自分の適量は一合。

コップ酒の一合を頼むと、小さなますを添えまして、ちょっとこぼして持ってくるんであります。20年以上前に、とんかつ屋に通い詰めまして、そのお店は窓辺に一升瓶がずらりと並びまして、各地の銘酒が勢揃い、有名どころを食前に一杯だけ飲むんですが、一合でへべれけになりまして、おいしいトンカツを食べたんであります。週に一回のことですけれども、とにかく膝下にじわっと酔いが押し寄せまして、目許が重くなるのであります。世の中がゆっくりと回転するような気持ちになりまして、飲み干してから、ソースと練り辛子をたっぷり付けたトンカツを食するわけであります。もう、遠い昔のことでありまして、そのお店が何という名前なのか記憶はすっからかん、有名デパートのレストラン街の一角なんですが、午後八時頃に行くものですから、自分以外の客を見ることはあまりありませんでした。食べ終わる頃には、売り場が閉まっておりまして、裏口みたいな出口を出て帰途につくという有様でありました。その街には、あれ以来行ったことがありません。先日、高速道路で通過だけはしましたが、今どんな街並みに変わったのか、通過しただけでは分かりませんでした。Are you all right ? 大丈夫?と心配されるほど飲むことはそのころからまったくありませんので、本日は二日酔いもなく、元気なのであります。

    きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣片敷き 独りかも寝む
                              (『百人一首』第91番・後京極摂政前太政大臣)
   
『新古今集』の秋下の歌ですが、もはや純粋な季節の歌を読む時代ではありませんから、これが恋の歌に入っていても驚かないわけですね。本歌が二首指摘されていて、その二首とも恋の歌でありますから、ちらつく本歌の恋の気分を漂わせながら、霜夜の寒さというものを表現したわけであります。これだけ高貴な人が、最先端の歌の詠み方を取り入れまして、時代の波に乗っていたと言うことでありますから、それはそれはめざましいものであったことでしょう。本歌の一つは、「さむしろに衣片敷き今宵もや我を待つらむ宇治の橋姫」(『古今集』・恋四・689番)でありまして、もう一つは「足引きの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む」でありまして、これは柿本人麻呂の歌として『百人一首』の3番に取られた歌ですけれども、最後の七文字が一緒というだけで、本歌と言えるかと言えば、おおっぴらには言えないはずであります。「きりぎりす」が、実は「コオロギ」らしいと言う話はよく聞きますが、三句目の所に「寒し」の掛詞を考えるようであります。「衣片敷き」が実はよく分からないのでありますが、池田弥三郎さんは、一人だと衣を着たままだから、片方を下に敷くんだよと書いております。が、しかし本当はどうなのか分かりませんね。しかし、違うと言うほどの根拠も思い付きません。

    我が袖は 潮干に見えぬ沖の石の 人こそ知らね 乾く間もなし(『百人一首』第92番・二条院讃岐)

作者は、源三位頼政のお嬢さんであります。源三位頼政さんというのは、近衛天皇か何かの時のヌエ退治で有名な方でありまして、その時の話で面白いのは、矢を二本用意していたというエピソードであります。あなたほどの名人が矢が二本とはどういうことですか、と訊かれて、ああ、もし万一射損じたら、おれをヌエ退治に引っ張り出したやつをこの場で射殺そうと思ったのさ、というようなコメントが残っております。以仁王を奉じて平家に反抗した人でありまして、平家滅亡の口火を切った人であります。地方の人ではなくて、摂津源氏と称する都にいた源氏でありまして、晩年に公卿になりましたが、弓の名人でもあったと言うことなのです。そして何より、この頼政さんは歌がうまかったのでありまして、『詞花集』以下に六十一首入る歌人ですから、お父さんと娘が『百人一首』に入っていてもよかったのであります。

    我が袖は 乾く間もなし 潮干狩り(粗忽)
      人こそ知らね 穴場ありけり(粗忽)
      

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