Are you all right ?   我が袖は 乾く間もなし 潮干狩り(粗忽)(8)

画像夕暮れ時の庭の様子です。西洋風蝶草でありますけれども、クレオメとも言うそうですが、どうやら夕暮れ時になると花びらが開きまして、一日でしぼむというサイクルのようであります。ただ、しぼんでいたはずの白い花びらも見えまして、密着して映像でも撮り続けないと、どうなっているのか分かりません。日没時刻が早くなりつつありますから、午後六時過ぎでもすでに薄暗く、カメラの操作は稚拙でありますから、何だかピンぼけ気味ですが、効果を狙った写真のようでもあります。

どうみても、何かの昆虫が草に群がっているような。

定点観測というものは面白いものでありまして、世の中には、息を潜めて世間というものをじっくりと観察している人というのもたくさんいることでしょう。そう言えば、私のお師匠さんというのは、朝日・讀賣・毎日という三大全国紙を切り抜きまして、本を一冊書いたことがありました。私も真似をして切り抜きをしたことがあるんですが、これは根気が要りますけれども、確かに実り多いのであります。ある分野について三ヶ月も頑張ると、あらかたの動向が分かるものなのであります。師匠は、特製の台紙を作成しまして、キャビネットに分類保存して、それはそれは見事、頭のいい人であったと今さらながら実感いたします。

    利根・気根・黄金の三こんあってはじめて成り立つ学匠、という新井白石の話はご存じ?

画像利根というのは、頭がいいと言うことでありまして、頭の切れる人というのを間近に見たことが無いと分からないものであります。一を聞いて十を知る人というのはいるもので、競争したらなかなかかなわないものなのであります。気根というのは、これはひっくり返して根気と言うことで、学問だけではなく、世の中のあらゆる専門的な事柄には根気が必要でありましょう。これは、努力しても身につきますが、親からもらった肉体に備わっているのが一番いいかもしれません。

庭でひらひらしている、ツマグロヒョウモン。

最後が、黄金でありまして、江戸時代も今も同じですが、ある程度のお金がまとまっていないと本が買えない、図書館にも行けない、いまならパソコンも買えないわけですから、なるほど必要なのであります。新井白石の家というのは大名の家老職を務める家柄ですが、要するにお雇いの専務みたいな存在であります。充分金持ちだと思うのですが、新井白石の親はうちは貧乏だから学者はむりかもって頭を悩ますのであります。『折たく柴の記』に出て来る話ですが、小さい子を見て考えている親ですから立派です。どれもないという場合は、どうしたらいいのでしょうね。庭にやってくる、アゲハ蝶を見て、ああ昔の己の姿よとおもいました。こんなにきれいなオレンジ色ではなかったと思いますが、ふらふらしておりましたね。今も昔も、勝手気ままであります。

    春日野の 下もえわたる 草の上に つれなく見ゆる 春の淡雪(『百人秀歌』第73番・権中納言国信)

作者は源国信でありますが、「くにざね」と呼ぶのがいいみたいであります。父が右大臣だった源顕房なんでありますが、姉が白河天皇の中宮であった藤原賢子でありまして、この人が堀河天皇をお産みになりましたから、源国信は堀河天皇の叔父さんなんであります。ここまでの記述を呼んで、変だと思った方は鋭い。源氏の娘がどうして藤原氏なのか、おかしな事があるものです。もっと言うと、賢子のお母さんも源氏ですから、おかしいんですけれども、これは左大臣だった藤原師実が養子にしたのだそうです。まったく理解の外でありまして、『栄花物語』にも記事がありましたが、読んでも意味が分かりませんでした。ともかく、国信さんは堀河天皇と仲がよかったみたいで、聡明なる天皇の和歌に関することはこの人が手配していたようです。歌の方は、奈良公園の鹿の群れ遊ぶ春日野でありまして、密かに萌え始めた一面の草の上に、春の淡雪が春などお構いなしに降り積もっている、というような光景であります。

     紀の国の 由良のみさきに 拾ふてふ たまさかにだに 逢ひ見てしがな
                                     (『百人秀歌』第90番・権中納言長方)

この方は、藤原定家の従兄弟に当たる人でありまして、ただし年齢は長方のほうが年長でありまして、おじいさんが藤原俊忠という人であります。俊忠の三男が俊成さん、俊成の次男が定家さん、俊忠の娘が長方を生んでおりますことから、従兄弟と言うことであります。俊忠さんという人も歌人でありまして、国信同様、堀河天皇の近臣だった人で歌合を主催したりしていた人なのであります。貴族がみんな歌が出来るかというと、そんなことはありませんので、歌詠みの血筋があったと言うことなのでありましょう。由良という地名は前に出てきまして、どこなのか諸説がありましたが、これはもう紀伊の国に決まりであります。本歌もあるんですが、三句目までが序詞で、四句目の所に掛詞が仕掛けてあります。「玉」と「たまさかに」でありまして、これは難しくないですね。『新古今集』の恋一に入っておりますが、どうも初句と二句目に異同があるようで、「紀の国や由良のみなとに」となっておりまして、ちょっとの違いですが困りますね。

    たまにでも 逢ひたきものよ 我が妹に(粗忽)
      由良のみさきに 拾ふ恋かも(粗忽)

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