Theory before theory. 君子に仁義あり。(兼好法師)(6)

画像紅葉したナンテンの葉であります。秋たけなわ、標高の低い平野部にも、ちらほらと紅葉する樹木が出て参りまして、ほんの少し前の猛暑の頃が懐かしいくらいであります。年を取りますと、光陰矢の如し、一週間・一ヶ月などというのはあっという間の一瞬でありまして、気候の変化に気持ちが追い付かないのであります。そう言えば、子供の頃というのは一日・一週間の過ぎるのがたいそうゆっくりでありまして、次の日曜日などと言うものは忘れた頃にやってくるものでありました。

うっかりすると、一年がまばたきの間に経過します。

タイトルが意味不明でありまして、意味不明であることに意味があるのですが、分かりやすいからいいのかという問題も発生するでしょう。”Theory before theory.”というのは、「理論が一番」ということでありまして、日本語に直訳するなら「理論の前に理論あり」ということであります。なんとなく、「理論以前の理論」と考えて、「暗黙の了解」などと訳してみたくなるのですが、本当の意味はなんなのでありましょう。ともかく、理論というものを考えてみると、ものの因果関係について推理いたしまして、それに基づいて対処して行くと言うことなのであります。野球理論ということを考えてみれば分かる通り、バントをするスクイズをする、継投する抑え投手を送り出す、というのはそれぞれの監督の野球理論に従ってサインが出る、選手交代を告げる、ということになるのです。

    その結果負けが込むと監督は解任ですが、勝っていても観客が減れば首になるものらしいのであります。

画像球団経営の理論と、監督の勝利に向けての理論、どちらも分析し、推測し、いろいろと考えを構築して、それに従って行動しているわけです。理論というものは、正体を明かせば、単なる思い込みというか憶測でありますから、監督の理論を選手が実行しているかどうか、理解しているかどうかは分からないのであります。ただ、ある程度理論がしっかりしているようでなければ、誰も付いては行かないことでしょう。結果が伴えば、憶測はもはや憶測ではなくて、それはそれで立派な理論と言うことになると思うのですが、いかがでしょう?

本日のムラサキツユクサであります。

時の流れが速いと感じるというのは、どうしてなのでありましょうか。子供時代の一日というものは、非常に長いものでありまして、たとえば日曜日などと言うのは、なかなか日が暮れないものでありました。それに比べて、年を取ってみると一日は瞬時に終わりまして、日曜日などと言うものも夜が明けたと思ったら、もう夜が更けているわけでありまして、この辺の心理的な時間の感覚というものについて、思い起こしてみても膝を打つような説明を受けたことがありません。私の場合、出かけようとして仕度をしていると感じるんですが、体調がよいと時間はゆっくりと過ぎるので、いろいろ間に合うのですが、体調が悪いとか疲れているとか悪条件が重なりますと、時間はあっという間に過ぎて遅刻しそうになったり致します。憂いがない、悩みがない、雑念がなかったら、時の流れはゆっくりと流れてゆくものなのでありましょうか。

     これまで過ごしてきた人生の時間に比べて、今日一日、今月ひと月が短いと言うことはないのでしょうか。

画像新潮文庫に収められている、泉麻人さんの『新・東京23区物語』であります。平成13年(2001)9月1日発行の文庫でありますけれども、昭和60年(1985)年の夏に書き下ろされ、3年後に新潮文庫に収められたものだそうですが、2000年を過ぎて書き改めたそうであります。それから、さらに10年が過ぎましたが、今回読んでみて、知っている土地についての泉麻人さんの洞察の的確さに感心するとともに、まだまだ知らないエリアについて知識を得たのであります。特に杉並区のあたりで、区名と駅名のイメージの違いについては大いに納得でありまして、東京に暮らす人も、東京に用のある地方の人も、これから東京に出る予定の人も、一度読んでおく必要はあるでしょう。杉並は高級ですが、駅名はどれも泥臭い。

目蒲線というのはもう無いのですか?

この路線は平成12年(2000)8月6日をもって、目黒線と多摩川線に分割されたようでありまして、この辺の事情を泉麻人さんは見逃しません。そう言えば、南北線に乗っているといつのまにか、おしゃれな町を経由して自由が丘のそばに行けるんでした。今の今まで、目蒲線は実在のものでしたが、もうどこにもないのだと悟ったのであります。このことについて、泉麻人さんの比喩が面白いので引用いたします。

       蒲田を捨て麻布にハシった旧目蒲線。なんというか、田舎から出てきた素朴な男が
      都会生活に馴れて悪いアソビ人になっていく……ふと、「木綿のハンカチーフ」のメロディ
      が浮かんで来て、目頭が熱くなってきます。

非常に納得なんですね。目蒲線が、いつの間にか都会のしゃれた電車に様変わりしているわけで、何とも時の流れを感じてしまうわけです。この比喩は昭和31年(1956)生まれの泉麻人さんの世代は、大いに納得するものがあります。ただ、一言余計なことを言うと、松本隆さん作詞の「木綿のハンカチーフ」の歌詞は、丁寧に読んでゆくと悪いアソビ人になった彼氏の歌ではないようであります。私が主張しているだけのことで、泉麻人さんの比喩を変更する必要はありません。私もあの歌が流行った時は、女の子は都会のアソビ人になった男を断念したんだと思いましたが、この歌の歌詞を分析すると、結論はまったく逆のはずであります。そのことは、どこかでもう一度じっくりと論じてみたいと思います。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック