DRAGON BALL  掌中の珠のごとく

画像あらかた庭の植物は枯れまして、写すことの出来るものが少なくなりましたが、御覧のリュウノヒゲなら常緑でありますから、これから三ヶ月くらい毎日撮影できるでしょう。しかし、毎日リュウノヒゲの写真で始まるブログというのも見物でありますね。毎日見ておりますと、変化というものは感じがたいのですが、それでも三ヶ月とか、半年とか、一年という尺度でものを見ると、がらりと様子が変わりますので、季節の推移というものは実は激しいものなのであります。

青い珠は、もちろんリュウノヒゲの実です。

放射能騒ぎの後で、ほとんど放置した庭でありますが、先日剪定してもらいまして、さっぱりしたのであります。剪定で落とした枝葉は持ち帰ってもらいましたが、きれいになったのを幸い、竹箒で掃除をしてみましたら、青い珠が転がるのであります。もちろんすぐにリュウノヒゲの珠だと分かったんですけれども、見た目には葉っぱしかないわけでありますから、軍手をはめた手でかき分けてみますと、あるある、いかにも大切な宝石のように隠しているわけでありまして、花も実も外に露わにすることがないのであります。

     花は白いのに、実は真っ青なブルーでありまして、どうなっているのか、不思議なのであります。

画像今朝のおめざでありますが、ご存じの方は見慣れているでしょうけれども、「芋ようかん」であります。東京浅草の「船和」の「芋ようかん」でありまして、ストーブの上に焼き網を用意しまして、少しあぶってから食べましたけれども、ほこほこした口当たり、甘い溶け味でありまして、この季節には格別いいものであります。先週くらいから、安納芋・紫芋というふうにサツマイモを蒸かしまして、食事の傍ら食べているわけでありますけれども、ふと食べたくなって「芋ようかん」を買って参りました。

原料はサツマイモですが、ベニアズマであります。

念のため「船和」のホームページを見てみましたが、やはり放射能の検査を施しておりまして、セシウムの類は検出されていないというような結果が報告されているのであります。これからしばらくの間は、こうしたことに神経を使いながらおやつの類を食べてゆかねばならないのでありますが、考えて見れば、古くは水銀やらカドミウムがありまして、ダイオキシンだのアスベストというような物騒なものまで、我々は危険と隣り合わせで生きてきているのであります。子供の頃の印象では、もはやお魚を食べることは無理ではないかと思っていたわけでありまして、それがすしブームであると言うことで、子供までがマグロ、マグロ、トロ、トロという時代が来るとは思っても見ませんでした。隔世の感というのはこういうことを言うのでありましょう。

     脱脂粉乳を飲み、鯨の肉で作ったスブタを食べて育った私たち。肝油ドロップもありました。

画像昭和の懐古ブームのようなものが、平成になってすぐにあったような気がするのであります。あの頃はバブルでありまして、銀行などからじゃぶじゃぶお金が流れまして、私が仕事で通る都内の街角にも、「こんなところに?」というところに書店ができまして、そこを覗くと昭和の給食を紹介する本やら、昭和のどこかでうち捨てられた廃墟の写真集やら、「買おうかな」と一瞬迷うようなものが並べられていたのであります。ただし、懐かしくはあるんですが、どれもこれも知っているものでありまして、そしてもう要らないものでありますから、結局レジに持ち込むこともなく、立ち寄る度に眺めて済ませたのであります。まもなく、書店はつぶれました。

写真は、サルスベリの幹を撮影したものです。

雑誌売り場だけは人だかりがしておりましたが、みなさん立ち読みするばかりでありまして、要するに中途半端な街角でありますから、時間つぶしの人だかりがしていただけなのであります。雑誌は入れ替わりましたが、奥の方のレトロものやら写真集やらは、開店したときのまま、本のラインナップが入れ替わることがないために、どうやら売れていないなと分かったわけです。あの、例のバブル景気というものは、銀行と銀行の目の付けた会社というか経営者のバブルでありまして、一般庶民にお金が回ったわけではないのであります。もちろん煽られて、イタリアンスーツを買った人や、ステーションワゴンを買って、高いワインを買い込んでキャンプに出かけた人はいたわけですが、浮かれた気分の割には、給料が上がったわけでもなく、ほんとうに泡のように消えたものでした。

    あの時の書店を再現し、並べられた本まで忠実に展示したら、平成記念館が作れるね。あわわわ。

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