With a joyous face. いくたびも 雪の深さを 尋ねけり(子規)(10)

画像溶けるところは溶けて、雪が降ったのが幻のようにも思われますが、日陰に目を転じれば、そこには関東平野の荒川流域にはふさわしくない、名残の雪が消え残っているのであります。降雪前後にしおれてしまったツワブキの葉っぱを撮影してみましたが、昼間見たら少し回復していまして、氷点下5度近い寒風にに耐えかねただけのようであります。海岸に自生するというツワブキですから、おそらく氷点下の寒さとは無縁のはずでありまして、おそらくツワブキを植えてある場所では同じような光景が今年は見られるはずであります。

津和野のツワは、ツワブキのツワなのだそうです。

このツワブキは松の木の根元にありまして、雪に直接のしかかられたわけではありません。手前は、イモカタバミの絨毯でありまして、葉っぱの下にはごついイモのような根茎がごろごろしております。ピンクの可愛い花が咲きますが、冬の間はひっそりとこのまま葉っぱだけではないかと思われます。この近くには、スイセンの芽も出ているのですが、少し早く出過ぎたようで、地面から1㎝くらい芽を出してそのまま成長が止まっております。

    岩波文庫『北越雪譜』(鈴木牧之編撰)の「吹雪に焼飯を売る」の後半を紹介します。

画像魚沼郡の農夫が十二月の初旬に柏崎を目指しますが、塚山峠で吹雪に見舞われまして、あれほど晴れていたのが嘘のように荒れた天気となって、命からがらの状態になります。実は道々一緒になって柏崎を目指していた商人がいたのでありますが、彼は油断して弁当を持たずに来たために空腹が我慢ならず、雪をかき分けて先へ進むことができなくなりそうなんであります。思い出したのは、農夫が懐に入れていた弁当の焼飯でありまして、これは焼きおにぎりでありますが、二つあるというのであります。

原価90円、買っても360円くらいの焼きおにぎり。

もちろん魚沼郡の農夫のお弁当でありますから、お米は魚沼産でありますが、江戸時代のことですからコシヒカリというわけではないでしょう。それでも、そんなに高価なもののはずはないのであります。しかし、死ぬかも知れないと考え始めた商人は、とんでもない取引を始めます。必死で雪をかき分けて塚の山の峠を越えてから持ちかけたのであります。まだ晴れていた頃にした四方山話の中で、農夫は弁当として焼飯を持っているということを告げたようでありまして、商人は腹が減ってどうにもならないから、どうかその弁当を売ってくれと言うのであります。彼が焼飯の代価として提案したのは、銭六百文でありますが、この文章の中の六百文の価値は現代の我々にはピンと来ないものなのであります。江戸時代には、金貨で作った小判が貨幣の頂点でありまして、これは誰もがお馴染みの一両でありますけれども、一両は銭4000文が相場でありまして、銭600文というのは、一両の20分の3ということになるのであります。1両が仮に9万円なら、銭600文というのは、1万3500円に相当いたしまして、食事代として考えると、ワインを一本開けて食べるディナーのお値段であります。

   「ここに銭六百あり。死ぬか活きるかの際にいたりて此の銭を何にかせん。六百にて弁当を売りたまへ」

商人の持ち出した法外な値段に、農夫は一も二もなく乗ってしまいまして、懐にあった焼飯を渡しますが、懐にあったために暖かくて、商人はあっという間に平らげて、もちろん元気を回復いたしまして、むしろ進んで雪をかき分けて柏崎を目指したというのであります。さて、どうなったか。どうなったもこうなったも無いのでありまして、人里が近くなりますと、腹の減った農夫は遅れ気味でありまして、商人のほうは何とか吹雪の中を村に辿り着いて一息ついたというんであります。しばらくして村の中が騒然となりまして、どうしたのと聞いてみますと、吹雪で行き倒れが出たのを助けに出たというのであります。やがて担ぎ込まれた死体を見ますと、なんとそれは焼飯を売ってくれた農夫であったという、とんでもない結末が待っていたのでありました。さて、死んでみれば、懐に収めた銭六百文というのは何の役にも立たなかったのでありまして、貨幣の正しい使い方と、貨幣の誤った受け取り方の両方が分かる話なのであります。ここぞと言う時は、ちゃんと食べた人の勝ちというわけですね。

    その商人が、ある時鈴木牧之さんの俳句仲間のところに泊まって、ついでに語った話だそうです。

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