Down to Xanadu. 桃源の 路地の細さよ 冬ごもり(蕪村)(4)

画像本日の我が家の庭は、最低気温が4・0度くらい、最高気温は11度くらいあったと思われます。さほど日が差さないのに10度を越えましたから、暖かいような気がするんですが、だまされてはいけません。例年なら日中気温の10度というのは極寒でありまして、オーバーやコートなしにはいられない気温であります。ここ一ヶ月の寒さによって、何となく馴れてしまっただけで油断は禁物であります。

写真は肝心なものがぼけております。

ハラビロカマキリの卵のようでありまして、どう操作してもピントが合わないのであります。合わないのでありますけれども、ツツジの新緑を撮影したと考えれば、案外見どころのある写真でありまして、私自身はこれでもちっとも構わないのであります。私の肉眼で見るのよりは相当ましでありまして、メガネをかけてもこんなに鮮明には見えていないのであります。しかし、こんなところに卵を産み付けていようとは気が付きませんでしたが、最近までもう少し枯葉が付いていたのであります。上手にカモフラージュしてあったと言うことであります。毎日毎日、ろくな植物もないのに延々と植物やら昆虫を取り上げて参りますと、あるレベルを突き抜け始めているような気がしてきました。もしかしてかつての教育テレビの小四理科などと同一レベルに到達しているかも知れません。よーく見てご覧、ほら枝のところに何か塊があるよ。ほんとだ! 土のように見えるけれど、土じゃないみたい。博士、一体これはなあに。云々。

   最後の「云々」というのは「うんぬん」と読むんですが、「とかなんとか」というような意味でしょう。

さて、そろそろタイトルにした与謝蕪村の俳句について何か気の利いたことを言おうと思ったんでありますが、これがまた大変なものでありまして、ちゃんと紹介しようとしたら肩が凝り始めまして、面倒くさいものなのであります。何も考えずに手元の本から俳句を抜き出して掲げてみたりしているんでありますが、やはりそれぞれ名句でありますから、背景はすごいものがありまして、いつだったか蕪村の俳句が『源氏物語』の「夕顔」の巻を踏まえていることを探り当てまして、とんだ大手柄なのであります。俳諧の専門の方が指摘しないことを指摘して得意がっているのか、と思われるでしょうけれども、私ももう分別ある初老の人間ですから、そんなことはありません。私の勘違いでないなら、専門家の怠慢でありまして、そうなるとあれこれその怠慢の原因を考えて見たりするんですね。

    近世文学の専門の方は、昔はいざ知らず、古典が苦手な方が多かったと思います。

『百人一首』を取り上げて、のんびり考えて見たら、でたらめな注釈書も結構ありまして、要するにろくな研究がなされていたわけではなさそうなのであります。何を偉そうにとお感じでしたら、去年の5月から8月にかけてのこのブログの内容を吟味されたらよろしいんですね。普通にアプローチしてみても、なんだかすごいことになったわけでありまして、別に苦節何十年の成果を提示したわけではありません。最近もふと鎌倉右大臣すなわち源実朝の歌を取り上げたところを自分で読みましたが、へーと感心したくらいですから、笑っちゃうんですね。自慢してるんじゃなくて、本歌を並べて普通に考えれば、舟は一艘のはずはないのでありますから、にぎやかな楽しい歌なんであります。「無常観」って教わった気がするけれども、どうも注釈書が怪しいのでありまして、正反対の歌かも知れないわけですね。そうは言っても、結局へそ曲がりの戯れ言ですから、どうぞどなたも気になさらないようにお願いいたします。

   「桃源の 路地の細さよ 冬ごもり」という与謝蕪村の俳句でありますが、意味不明であります。

画像「桃源」というのは「桃源郷」のことでありまして、漢文・漢詩に典拠があったなあと言うことは私にも分かります。分かるんですが、そのもとになった陶淵明の「桃花源記幷びに序」という文章は、存在は知っておりましたが、どこかで教わったことがないのであります。教わったことがないと、何だか不安でありますね。自分で読んで、読み飛ばして、得手勝手な解釈をしていたはずでありまして、ちゃんと紹介しようと思うと肩が凝ります。ただ一つ言えることは、桃源郷という言葉から想像するのは、桃の花が咲き乱れる楽天地なんでありますが、それは違うのであります。

写真は地割れしている庭の地面。

詩を読んでみますと、そこには桃が出て来ないのではないでしょうか。序文の方は説話でありまして、そっちが面白いんでありますが、桃が咲いているのは「桃源郷」の手前のことでありまして、その桃園が尽きた先に「桃源郷」があるのであります。こういうことって、しばしば生じるのでありまして、百聞は一見にしかず「桃花源記幷びに序」をひもとけば分かることなんですが、何せ漢文・漢詩ですから、そう簡単ではないのであります。ヤフー知恵袋にも、全訳ありませんかなんて質問が載っているんですが、解答者はだいたいお一人で、全訳の載っているサイトへ誘導しておりまして、「ベストアンサー」をもらっていたりします。

    何となく、ヤラセの匂いがいたしますね。自分で苦労して全訳を作ったら、物足りなくなるのでしょうね。

完成した暁に質問コーナーに自分で質問しまして、間髪を入れずに「こちらのサイトがありますよ」って解答して、ベストアンサーを自分に進呈いたします。自分を誉めてあげたいってことは、そりゃまあ誰にもあることなのであります。私だってそうであります。しかし、何と言いましょうか、もうちょっといろんな人が解答者になって、いろんなサイトをアドバイスしないとおかしいでしょう。こっちにもあっちにもありますよって言わないとね。だいたい、ググればすぐのことなのに、いちいち質問いたしますか? 変なの。ブログのコメントにも、自分で自分にエールを送っていることが多そうでありますね。YouTubeの場合は、もうこれは歴然でありまして、絵文字の使い方が投稿者とコメント主でそっくりの時があります。同一人物。そういうのを一人芝居というのかもしれません。投稿活動というものも寂しいものなのであります。きっと。

    氷点下で霜柱がったっていた庭の地面が地割れしまして、寒さが緩んでべたべたですが、割れたまま。

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