Down to Xanadu. 桃源の 路地の細さよ 冬ごもり(蕪村)(6)

画像暖かい一日ではありましたが、日が陰るとはやくも気温が下がり加減でありまして、明日はぎゅんと冷えるそうでありまして、体が付いて行くのか行かないのか、気のもめることであります。本日の最低気温が、午前六時前後で7・0度くらいでありまして、これを30年平均でいつ頃かと見るとなんと4月の10日ごろの最低気温と一致しまして、おやおやそんなに暖かいのかと驚くわけであります。本日の最高気温は、午後3時くらいでありまして、15・0度近くまであがりまして、こっちは30年平均なら3月の30日くらいでありますから、本日は優に一ヶ月以上タイムワープしたような天気であります。

おそるおそる咲く、オオキバナカタバミです。

ついでに、日の出の時刻がどうなっているのかといいますと、これが午前6時19分でありますから、ほどよいのでありまして、一年中こんな時間に日の出であれば、日の出とともに起きるという理想の生活が出来るわけでありますが、あと一月もして春分の日の頃になりますと、夜明けは早くて午前6時頃にはあっけらかんとした朝となるわけですね。日没の時間は、午後5時31分とありますので、ちょうど今日没を迎えているわけであります。このブログを書き上げて公開する頃には夜のとばりが張り巡らされまして、本日は旧暦の2月2日ですから、月もろくになくて真っ暗闇のはずなのであります。月の出は、実は午前7時4分、月の入りは午後の7時50分でありまして、三日月にも及ばない有るか無きかの月が、仮に今探しても見つからないことでありましょう。……西の空は雲が出て、月も太陽も所在は不明でありますね。自ら確認いたしました。

  さて、わけの分からない「桃源の 路地の細さよ 冬ごもり」の句を考えますが、知恵は枯れ尽きております。

「枯れ尽きている」というのは、これは「冬ごもり」の縁語としてそう言ったまででありまして、枯れるも何も、知恵を出す気はさらさらないのであります。つまり、いつも頼りにしております、笠間書院刊行の『新編俳句の解釈と鑑賞辞典』(尾形仂編)を適当に開いて、分かりやすそうな俳句をタイトルに引っ張ってくるんでありますが、毎回引っ張ったのを後悔するような俳句なのであります。しかし、単語だけを見たら、何にも難しくありませんし、イメージの喚起力もあるんですが、本当に自分が思ったような俳句なのかどうか。そしてまた、自分の想像力を裏打ちするような、洒落たことが説得力豊かに言えるのかと言えば、とても言えないのであります。芭蕉の句も難しいと言われておりますが、簡単そうな蕪村の句も、実は手強そうでありますね。

  言ってみれば、想像の世界の桃源郷に迷い込んだ蕪村の、桃源郷に対する感想というか、感動であります。

画像桃源郷と呼ぶような場所に行ったことがあるのか、と考えますと、幾つかちらほら思い浮かぶところがあります。これをお読みの方とイメージを共有するなら、中津川からバスに乗って訪れる馬籠宿は第一候補でありましょう。今はいざ知らず、30年以上前にバスに乗って訪問した木曽の馬籠というのは、やはり想像以上のすてきな場所でありまして、大感激したことを思い出します。中仙道の宿場であったとは言っても、やはり山の中でありまして、中津川の谷間から力を振り絞ってバスが尾根に登り切る瞬間というのは、これはもう感動なのであります。視界が開け、見晴るかす山並みと、眼前の宿場の端っこが目に入りまして、おおお、人の営みというのはすごいものだと思ったものであります。

    写真はフォトライブラリーから提供はカメラマン「里人」さん。妻籠の男滝。馬籠と妻籠の間です。

一人旅だったと言うことも、この感動には大きな影響があるのであります。寂しい一人旅なんて思ったらいけませんよ。まだこの時18だった私なんでありますが、意中の女の子の帰省先を旅のルートに加えまして、その子の実家のある駅で手を振ってお別れしてから、ぐるり巡って馬籠宿に到達したのであります。もちろん失意の旅なんかじゃあありませんから、宿に着けばさっそく公衆電話に飛びついて、「今ね扇屋さんていう旅館がね、飛び込みでも構わないって泊めてくれたよ」などと電話していたんであります。

   もちろんあの頃は携帯電話なんてものはありませんから、お母さんに取り次いでもらうんであります。

陶淵明の『桃花源記幷びに序』では、桃源郷を訪問するのは漁師でありまして、川をさかのぼっているという設定なのであります。渓谷に添って行くうちに道が分からなくなったとありまして、分からなくなったと思った途端に、両岸に桃の林が延々と続くところに行き当たるのであります。これは陶淵明のうまいところでありまして、混じりっけなしの桃の花の林でありますから、そこには人の手がかかっていること歴然でありまして、そうしたものが忽然と現れたら、人は混乱して「ここは一体どこなのだ?」と不安になるわけであります。道が分からなくなってから桃の林が出現したのではなく、桃の林の出現によって、非現実の世界に迷い込むわけであります。川の水源のところで桃の林が尽きまして、もう目の前は山しかないんでありますが、そこに洞窟がありまして、奥に光が見えたと言うのであります。誘い込まれるようにして洞窟の中に足を踏み入れて行くわけですから、わくわくどきどきの冒険なんであります。桃源郷は、やはり馬籠宿や妻籠宿のように家が密集しているのがよいのであります。一軒家では……。

   30年前に馬籠から妻籠宿まで歩いてみたんですが、他にも歩いている若者はおりました。物好きばかり。

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