Down to Xanadu. 桃源の 路地の細さよ 冬ごもり(蕪村)(9)

画像日付を見ていましたら、ちょうど丸一年、ブログを毎日のように更新しておりまして、365日の分がほぼありまして、丸一年の折々の庭の様子が一応分かる状態になっております。まあそれなりの「自然のアルバム」でありまして、二回り目に突入して去年との比較対象をするだけで終わってしまいそうであります。365日のうち、大地震のあった日に帰宅困難となりましたので、その日は記事がございません。それ以外では夜中に記事を作成してアップしたら深夜十二時を過ぎてしまって、翌日の日付になったという残念なことが一度ありました。

写真は、ローズマリーの花の様子です。

積極的にお休みしたのが3日くらいありまして、旅は旅として楽しみたいという気持ちでのんびりいたしました。本当にのんびり出来たのかというと、実はそうでもありませんが、真夏に高原で温泉三昧ですから、まあまあの夏休みに興じたわけであります。それ以外の日は、せっせと更新しているわけで、よくまあ続いたものであります。そう言えば去年の今頃は、三島由紀夫の小説を読みまして、『春の雪』の周辺を探ったりしていたのでありますが、なるほど後半の展開は読ませるのでありまして、それだけの小説の技量を持ちながら、死に急いだ理由がよく分かりません。この小説に和歌が出て来るので、何となく『百人一首』をとりあげまして、だらだら書いてみたら、傍目にはお勉強の報告のようでありましょうけれども、もやもやが晴れまして、何だか得した気分でありました。あれはやっぱりよくできた秀歌撰でありまして、あれ以上の撰歌をしてみようとしても、なかなかうまく行かない感じがあるのであります。

   つまり、詠み人知らずの歌とか、歌人ではない有名人の有名な歌を除くと、そんなにいい歌はありません。

画像ここで「ありません」って断言すると変なんでありますが、まあそう言う気がするということを思っているわけです。昔の人も、『なになに百首』というのを藤原定家の『小倉百人一首』を手本にして作ってみようとしたわけですが、結局あれを凌駕するようなものも、人気を博したものも残らなかったようであります。面白いものです。与謝野晶子さんが『女人百人一首』というようなものを雑誌の企画で撰んだようですが、歌が重複するなどして企画倒れに終わったのを見ると、藤原定家の場合は古典の和歌の習熟度が桁違いに高いわけでありまして、一説には下手な歌が入っているとか、ろくでもない歌人が混じっていると疑われていましたけれども、いえいえ全部の歌をとりあげて、とりあえずそれぞれを二三日じっくり思い浮かべてひたって見ると、やはりそれなりに名歌揃いで味がありました。読んであれこれ想像をはばたかせ、せっせと繰り返し唱えてみると、ちゃんとしたものでありました。

   写真は、現在のイチゴのようす。茎が真っ赤でありまして、真ん中につぼみらしいものが見えます。

他には、小林一茶の『おらが春』を読んでみましたが、そこにもいろんな問題が見つかりまして、楽しいものでありました。愛娘が亡くなって、愛娘が此の世に生きた日数を400日と計算した一茶は、自分は母親と175日しかいられなかったと記しておりまして、おそらくちゃんとした研究書なり論文というものを捜しだせば、その175日という日数の秘密は明かされているのでしょうけれども、手元の本などでは何も触れていないなんてことが分かりました。日々の生活の中でちょっとずつ読むというスタイルが私には合っているようでありまして、お勉強の目線とも、研究の目線とも違うまなざしを向けると、それぞれの作品が胸襟を開いてくれるようです。というか言いたい放題言ってみて、自分の気が晴れただけですけれども。

   お勉強はありがたく他人の説を習うだけですし、研究者のかたは正確さを追求して息苦しいのであります。

画像さて、桃源郷の話でありますが、陶淵明の『桃花源記幷びに序』を角川ソフィア文庫で読んでみますと、与謝蕪村の句が少し分かったりいたします。このお話は、漁師が川をさかのぼって、桃の林の先の異次元の世界に辿り着くまでが面白いのであります。戻って来て再び探そうとすると見つからないと言う落ちが、これまたお約束の結論ですが面白いのでありまして、実は桃源郷自体の描写は、日本のかつての農村を知っている者にとっては珍しくないわけで、凡庸であります。

次々開花するローズマリー。

桃源郷がどういう人たちの営みなのかと言うことは、実際読んでみれば分かることでありまして、そこはネタバレしないように割愛いたしますが、私が気に入ったのは、よそから迷い込んだ漁師を大歓迎して、鶏を潰してもてなし料理をすることでありまして、その土地が豊かであれば、遠来の客は大歓迎するのが普通でありまして、ここに桃源郷の豊かさが集約されていると感じます。晴れの日に、鶏を絞めて歓迎の料理を作るのは、正月にそういうことをしていた実家を思い出して懐かしいのであります。もう一つの豊かさの指標が人口の多さでありまして、子孫繁栄のお陰で家々がびっしりと建て込み、路地が発達しているわけです。野中の一軒家では、道は一本道でありますが、家屋が幾つもあれば、そこには行き来のための複雑な生活道路ができまして、旅人はどっちへ行こうか迷うわけですね。序の散文では「阡陌交通(阡陌〈せんぱく〉交わり通じ)」という表現でありまして、漢詩の方では「荒路曖交通(荒路 曖として交わり通じ)」とあるんですが、両者とも住宅の多さと路地の複雑さを言うようです。

  どうやら蕪村は住宅地の細い路地を歩いて、ふと眼前に立ちのぼる桃源郷のイメージを見たのでしょう。

もうすぐ春というころでありまして、植物は枯れ果て、寂寥とした風景なのであります。冬に入って次第に活動量が減り、炭火のそばなどに日がな一日貼り付きまして、退屈ながらも、俳句などをひねって冬をやり過ごしてきたのでありましょう。どれどれ、と家を出まして路地を歩き出すんですが、ふとその先に桃源郷が待っているような錯覚がありまして、それは冬至をとうに過ぎた太陽の光線の強さのせいかもしれませんし、寒さが峠を越えて日射しにぬくみが感じられたからかも知れません。おや、もうすぐ桃の花の咲く春ではないか、その先に陶淵明の言う桃源郷の入り口がありはしましか、桃源郷でもこうして冬は家々にこもっていたりするのではあるまいか、いろんなことを蕪村は思ったのでありましょう。これまでの冬とこれからの春、二つの季節をこの句に思い浮かべますね。陶淵明の説話の世界があって、蕪村の句は成立するのでありましょう。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック