Is it named jellyfish ?  憂きことを 海月に語る 海鼠かな(召波)

画像うっかりしておりましたが、桃の節句が近いのであります。3月3日が近付いているのは知っておりましたが、そのための準備といいますか、心がけが乏しかったと思います。あれだけの地震があった後でありますから、お雛様をかざるということがうっとうしいのは事実でありまして、何となく晴れやかに桃の節句を祝う気持ちになれない気分であります。そうは言っても、せっかくの桃の節句ですから、飾ってみたら気分が変わるかも知れません。

雪は消えましたが、水仙はまだの様子。

この水仙はイヌツゲの枝に守られておりまして、雪をかぶったりはしないのであります。そう言う狙いで水仙をそこに植えたのか、それともイヌツゲが成長して水仙の上にかぶったのか、謎であります。雪はあらかた庭から消えまして、ほどよい湿り気を残しましたので、水仙には都合の良い状況でありましょう。水仙の芽を見ていますと、地面から1㎝くらい薄皮が付いておりまして、水仙の芽を刀に例えますと、柄の部分は地面以下のあたりでありますけれども、この薄皮のあたりは、さて何と言うんでありましょう。調べてみると、「はばき」という部分でありまして、「はばきがね」とも言うようであります。刀といいますか日本刀などでは、刀身を守るための鞘に合わせまして「はばき」を用意するわけで、鞘が容易に抜け落ちないようにする機能が第一でありますね。刀を抜く人は鞘を握り、人差し指や親指でつばをはじくようにして、この「はばき」の部分を鞘から抜かないと、刀を鮮やかに構えることは出来ないことではないでしょうか。オモチャの刀でも「はばき」は付いているような気がしますが、鍔の動きを止める役目も果たすようであります。『日本国語大辞典』(第二版)は鍔との関係を第一に述べて、次に鞘と刀身の関係を加えていますが、ウィキペディアは鞘と刀身との関係だけに言及しております。さてどちらが正しいのでありましょう。

  水仙の場合は、なんとなく茎の本体を守る働きをしておりまして、タマネギなら茶色い皮でありますか。

画像何となく、スノーフレークの場合は地面からそのまま芽が出ているような気がしましたが、よく見ると水仙と同じように「はばき」の部分が見えております。刀の場合は、刀身に柄を差し、握る手の安全のために鍔(つば)が工夫され、さらに持ち歩きのために鞘を付けたわけでしょうけれど、鞘が抜け落ちる、あるいは鞘を掴んでいると刀身が落ちるという不便さがあって、やがて鞘の口に合わせて「はばき」というものが工夫されたのでありましょうね。案外そう言う工夫は瞬時に考案されて利用されていたかも知れませんが、刀工とは別に「はばき」を造る「はばき師」あるいは「白銀師」がいたと聞くと、世の中には知らない事が山ほどあることに気が付きます。

雪が積もりましたがスノーフレークも無事でありました。

実は、ウィキペディアの日本刀の項目を見ると、一番下のあたりに「日本刀は実戦用だったのかどうか」論争があるのであります。天皇家に御子が生まれると、準備しておいた護身用の太刀をすぐに届けたようでありまして、それが天皇から御子を認知した証しとして機能していたようなのであります。貴族も日ごろ帯刀していたんでありまして、貴族と武士は身なりに関しては大差なかったと思っていて良いのであります。南北朝の時だって、貴族は武士と一緒に合戦の場にいたはずでありまして、貴族と武士が別物になるのは江戸時代のことではないかと思うんですが、当てずっぽうですから間違っていたらご容赦下さい。そう言えば、江戸時代などには村の庄屋などが「名字帯刀を許される」というようなことがありまして、この場合は階級の象徴でありますけれども、でもその刀を殿中や街中で抜いてしまうとお咎めがあったはずであります。危険なものですから、そういった制限は当然でありまして、江戸城の殿中で刀を抜いた赤穂の殿様は切腹したんじゃありませんか?ともかく、近代以前において刀剣がどれだけ武器として有効だったかと言う点については論争があるんですね。私には分からないことなんであります。

  私が触った刀は、会津の姫君からもらった親戚のと、井上宗雄さんの愛蔵品の二振りだけであります。

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