Is it named jellyfish ?  憂きことを 海月に語る 海鼠かな(5)

画像鹿児島や高知は20度近く気温が上がっているようでありまして、春ももうそこまで来ているんでありますが、いつもこの季節に思いますのは、もう永遠に暖かくならないのじゃないか、寒いのに馴れたし、このまま寒くても構わないや、などと横着なことを考えるわけです。季節の変わり目に服を選ぶのも面倒でありまして、どなたも感じていることでありましょう。私は大きめの服をだらしなく着たいのでありまして、下着もシャツも靴下も、一つ上のサイズを着るのでありまして、ゴムもゆるめがいいのであります。春先はフレッシュマンがぴちぴちのスーツだったりしますから、隣に立たないでくれよといつも思います。

再使用の、ふきのとうの写真であります。

フォトライブラリーで以前ダウンロードした写真であります。カメラマンのしぃさんは、北海道在住の若い方でありますが、雄大な景色をきれいな色合いで写した写真が際立ちます。ふきのとうが目立つのは、この写真の状態の時でありまして、茹でて食べると美味しいのはこんな感じですね。たまに観光地などへ行ったりしますと、瓶詰めの蕗味噌などと言うものがあったりして、つい勢いで買ってみたりするんですが、残念ながら美味しくて一瓶食べきったなんてことは、ついぞない気が致します。そんなことよりは、豊かな自然の中で目に付いたものをすぐに調理して食べることがいいのでありましょう。スーパーにはこの時期パック入りのふきのとうが並んだりしますが、だいたい六個入りだったりしますが、そんなに必要ないものであります。一個で十分。

   そう言えば、実家の二本あった柿の木の、まずい方の根本にふきの茂みがありました。

画像考えて見ると、我が家は開拓農家でありましたから、柿の木一本、ふきの茂み、そういうものは両親がどこからか調達して植えたものなのであります。物心ついた時にはすでに必要なものは揃っておりましたから、まるで昔からそこにあったように思っておりましたが、そうではなかったと言うことであります。自分たちで植えたから父も母も遠慮がないのでありまして、毎年のようにどんどん配置が換わりまして、ふきの茂みのあったところは、一度住宅が出来、それを取り払って大きな倉庫を作りましたから、記憶の中と風景が違っております。

ふきのとうのその後の写真であります。

これもフォトライブラリーのフリー素材ですが、今回新たに見付けてダウンロードしたものであります。こちらのカメラマンは、こゆきさんでありまして、福岡在住の方であります。だとすると、九州から北海道までふきは同じようなものが繁殖していると言うことなのであります。ふきの煮物は大好物ですから、私はどこへ行っても暮らして行けると言うことのようです。油揚げとふきを甘辛く煮たのは、煮汁も含めて大好きでありまして、大好きではありますがお袋の味を再現することは出来ておりませんから、これから研究することにいたします。スーパーで売っているふきは、流通の都合なんでしょうね太くて固くて、まるで刀のようでありますが、あんなものではお袋の味には届きません。細くて柔らかくて、お醤油の色がほんのり付いているのがいいのであります。だれか、そういう料理に向く柔らかい短いふきを出荷してくれないものでしょうか。

    「うきことを くらげにかたる なまこかな」(召波)という俳句を眺めておりますが、さてさて。

本日はたぶん二十四節気の「啓蟄」でありまして、二十四節気の中でも漢字の難しさは随一くらいでありますが、冬ごもりの虫が這い出してくるというようなニュアンスが好まれるのでありましょうか、けっこうなじみ深いものであります。「啓蟄」の「蟄」というのは、虫が冬の間おこもりするという意味のようでありまして、時代劇なんかを見ますと「閉門蟄居」というような仰々しい処分などに使われる感じであります。これは、外出してはならない人と交際して人を招いてはならんというようなことだと思うんですが、近ごろは使いませんね。家老職ぐらいの家柄の人が、部下の不手際の責任を負って、お殿様から閉門蟄居をたまわる、などというのが映画の発端だったり、背景にあったりするものであります。

     罪無くして配所の月を見るのと同じで、いわれなき閉門蟄居は嵐の予感がするものであります。

ふと思いますのは、江戸時代で言ったら士農工商の階級の中で「なまこ」に相当するのは武士では無いかという気がいたします。他のご職業は忙しいのでありまして、それなら武士だって忙しいはずですが、合戦がなくなったらおそらく非常に暇でありましょう。作者の召波は京都の豪商だったそうですが、蕪村の弟子で俳句を良くしたというなら、もはや商売熱心な人ではありますまい。当時の身分制度からはみ出しかけた人でありますから、これを海の動物に例えたら「くらげ」が適当かも知れませんね。料理して食えるのはほんの一部で、あとは食えないというかほとんど毒であります。食えたとしてどれだけの滋味栄養があるのかと言えば、はっきり言って味付け次第でありますから、無用の長物の最たるものかも知れません。くらげのようにふらふらしている俳諧師が、ただでさえなまこのような存在の武士なのに、閉門蟄居していて、泥の中のなまこそっくりになって不満顔の武士のところに気の毒な処分をつかのまの俳句三昧で慰めに参ります。「ご免下さいまし。なまこ殿はご在宅で」「おうおう、くらげ師匠ではないか、ささ遠慮無くあがらっしゃい」「まだ殿のお怒りはそのままで?」「ふむ、それがじゃ、……」

    閉門蟄居した武士のところに、こっそり無聊を慰めに行くと、聞くのは愚痴ばかり。ありそう。 

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