It cause baldness. 若い身そらで禿頭。(3)

画像いい天気だったものですから、昨日は私としてはまあまあの写真がたくさん撮れまして、紹介し足りないなあと思っていたので、今日も使っちゃおうということです。絞りであるとかシャッター速度とか、もうそんなことは考えていないわけで、デジカメ任せでありまして、どうせ昨日と同じアングルの写真を撮るつもりですから、どっちみち同じと言うことであります。まったくこだわりがないのが、私のこだわりであります。

写真は、散り始め青葉も見える桜。

いいなあ、桜は盛りだけを見るものでは無いのであります。本邦初の見解だと思うんですが、特許を取っていいでしょうか。桜は散り始めた姿、散り果てようとする姿、それが一番いいので、そこでまじまじ見る、という特許でありまして、それを実践する時は、課金しまして私が莫大な料金を収納するという特許であります。私の叔父に、あることで特許を取るぞと鼻息荒く説明してくれた人がいまして、それはたぶん印刷の組み版を保存する巨大な収納システムの話でありました。簡単に言うと、タワー駐車場のシステムと同じものを考えていたようでありまして、すごいねと話をあわせましたが、胸の中で変だなあと思っていたのであります。もうあの頃、コンピューターによるデータシステムの話は印刷業者も考えていて、雑誌の校正で訪れると、さかんに就職しないかと声を掛けられたのであります。実際、コンピューターによるデータ管理の現場も見せられましたが、いやはやこれは今考えると大変なアナクロであります。

   幅5㎝くらいの記録用の紙の帯に、1㎜くらいの穴が無数に空いているという、記憶媒体であります。

だから、たぶん本一冊のデーターを残すのに、消防自動車のホースを巻き取ったような記録用の紙が必要でありまして、それでも組み版をそのまま残すよりは収納量が格段に減るというようなものだったのであります。オペレーターが印刷物の情報を打ち込みまして、そうすると記録用の紙に穴がパンチされて行くものだったはずであります。それを見学した後で、熟練の植字工さんの技を見物させてくれまして、この技術ももうお終いですよというような話でありました。就職は引く手あまた、学生サークルの校正の際に、大手印刷会社が社長さん直々で採用活動していたのであります。そのまま就職していたら、きっと今頃は左うちわでありまして、右手でカジノのスロット・マシンのレバーを操作していたかも知れません。ともかく、そういうものを見ていたので、叔父が活字を組んだ組み版の収納特許を考えていると聞いた時に、やれやれと思ったわけであります。

   植字工は、「山田太郎」の四文字を0・8秒くらいで、活字の並んだ棚から抜き取っておりました。瞬速。

画像しかし、叔父にそれは古いよと言わなかったのはなぜなんでありましょう。コンピューターが導入されて、ついには電子書籍の時代に突入ですが、それでも書籍を見る時にはタブレットと称する端末が必要となっておりまして、パソコン画面を手に取れる本の形式にしないと嫌だと思っている人が多いようで、なかなか難しいものでありますね。本文の情報だけ有ればいいのかというと、字のサイズ、行間、一行何字、背景の色は白・クリーム色それとも薄い水色などなど、指定するときりがなく、誰かが上手にデザインしないと、読む気にもなれないということになります。ちっとも手軽じゃないのであります。

いつか処分したパソコン、5年でポンコツ。

それもやがて手軽になったとして、誰の世話にもならずに情報にありつけるようになったら、価格は0円に限りなく近付くはずですが、そんなものを読む気がするんでありましょうか。植字工が活字を猛烈なスピードで組み上げ、印刷機で印刷し、インクを乾かし、流通に乗せて本屋さんに届いたから価値があったんでありますね。著者が打ち込んだままの情報は、ほら誰も読まないのであります。アメーバブログの実際のページビュー数は一ケタ台という記事を拝見しましたが、それはホラーでも何でもなく、アクセス数を誇る数字にも水増しがあるのはブログのヘビーユーザーは皆さん周知のことでありましょう。だから、アナログな叔父の特許のほうが足が地について堅実であります。

   桜の木毎に端末をつけ、散る桜を観賞する人の個人識別をして課金いたします。格安でも大金持ち。

「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」というのは『徒然草』137段における兼好法師の主張でありまして、これは「ものかは」というのが反語でありますから、最終的な意見としては「花は盛りの時に、月は満月を見るだけのものではない」ということになるのでありますが、これをうっかりすると中世的な美意識であるとか兼好法師の専売特許の如く昔教えられたのであります。どうもそうではないらしいという指摘が、岩佐美代子さんという研究者によってなされておりまして、その著書『宮廷文学のひそかな楽しみ』(文春新書)を読むと、すでにその美意識は紀貫之によって『古今集』に実現しているのでありまして、特許はむしろ紀貫之のものであると言うのが真相のようであります。兼好法師はむしろその伝統を受け継いで発言したに過ぎないというのでありまして、目からウロコ、瓢箪から駒、納得いたしました。

   そう言えば「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」の語法は、奇妙奇天烈でしたね。

画像これから書くことは、たぶん私の勘違いですから、変なところがあってもご容赦願いたいのですが、このもしかしたら『徒然草』で一番有名な部分の解釈の定説が珍妙だと思うのであります。この部分の珍妙な解釈の大本がどこにあるのか知らないんですが、安良岡康作さんの『徒然草全注釈』(下)では、こんな風に注釈しているのであります。

「花」は、桜の花。「盛りに」は、形容動詞「盛りなり」の連用中止法で、ここは「盛りなるを」の意で、下の「隈なきを」と対をなしている。「盛り」は、満開。「隈なし」は、月面に隈(曇り・くらがり・かげ)のない状態、即ち、満月の時に、月の全表面が澄みきって輝き光るさまを言っている。「のみ」は、だけ、ばかりの意で、満開の桜と満月の両方にかかる。「見るものかは」は、見て賞美するものだろうか。「かは」は反語。

こういう説明は、私も耳にしたこと、目にしたことがありますから、この立派な注釈書が昭和43年(1968)に出たことを考えると、この説に基づいて習った可能性が高いのであります。特に形容動詞の連用中止法であるという「盛りに」の説明については、へええ、そういうものなのかと感心したり、不審がったりしておりましたが、今こうして改めて出してみると、何のためらいもなく説明されているわけで、これに対する反対意見など見たこともないわけで、たぶん定説と言ってよいのでありましょう。その訳はどうなのかというと、

      桜の花は、真っ盛りに咲いているのだけを、月は陰りもなく照り輝いているのだけを、
      見て賞美するものであろうか。

こんな風になっているんですね。これを古文に還元すると、「花は、盛りに咲きたるのみを、月はくまなく照り輝けるのみを、見めづるものかは」となるわけで、随分補っているのであります。親切と言えば親切ですから、そこに目くじらを立てるのは、ある意味はしたないわけでありますが、上の注釈通りに古文に還元すると、これは「花は盛りなるを、月は隈なきをのみ見るものかは」でありますから、「花は花盛りなのを、月はくもりないのをだけ見るものか」となりますが、兼好法師はこんな文章を想定して137段を始めたんでありましょうか。この連用中止法の根拠というのは、実は次に続く文に「雨にむかひて月を恋ひ、垂れこめて春のゆくへ知らぬも、なほあはれに情けふかし」とあるからのようです。これだと「恋ひ」と「あはれに」の二箇所が、並列の最初の活用語が連用形という連用中止法の用法になっているわけで、だから第一文もそうに違いないという類推をしているということなんですね。こう示されたら、脱帽であります。恐れ入りました。……しかしなあ。

     「月は隈なく、花は盛りなるをのみ見るものかは」と入れ替えてみて、どうでしょう。

別に何にも変わらないんですけれども、私はこれはすごくおかしいと思います。どこが変かはすぐにわかるんですけれども、すぐに言ってしまうともったいないので、もうすこしうだうだ考えます。これを違和感のない文にするなら「月は隈もなく照り映え、花はめでたく匂ひたるをのみ見るものかは」となりまして、「匂ひたる」は味を出すなら「匂へる」でしょうね。そうすると、安良岡さんの解釈に従って古文に還元したものに近付いて行くと言うことなのであります。ありますが、それが不満なんですね。不満のもとを解消して、安良岡さんの解釈の改良バージョンを示したら、不満のありかが分かるでしょうか。

   「花はめでたく匂ひ、月は隈なく照るをのみ見るものかは」なら許せるけど、兼好はこう言いたいの?

これならすっきりでありまして、特に「匂ひ」のところの連用中止法は、現代感覚でも許せる範囲になるのであります。こう言いたいなら、兼好法師だってそう言うだろうなあと思うわけでありますし、安良岡康作さんの解釈は、実はかってにこういう文を裏に想定して作文した可能性があるんですね。解釈を見れば証拠はあがっているわけで、実は連用中止法であるという指摘をことさらしたことによって、日本語の自然な理解を遮断して、文法的にケチの付かない解釈に飛びついたわけです。飛びついたけれども、ほんとうはそんな理解は無理があるから、本文をひそかに動詞を補った文章に改竄して、解釈を施してみたのであります。どうも、ついに長年の不審の根本に、辿り着くことが出来たようであります。こりゃあ、瓢箪から駒、お手柄かもしれません。

   じゃあ言いたいことを言いましょう、『徒然草』137段冒頭の「盛りに」は、本当に形容動詞?たぶん違うな。


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