The left won at the picture contest. 絵日記提出。(5)

本日は、旧暦の6月1日でありまして、水無月になりました。サルスベリがようやくしっかりと咲いております。サルスベリにもいろんな色がありまして、近所の街路樹を見ると、白いもの、赤色の濃いもの、そしてご覧のように桃色とかピンク画像というような色彩のものであります。我が家のがこんなのですから、これが普通の色というように思うのでありますが、果たしてそうなのかどうか。子供の頃に見たことが無い花でありまして、うっかりすると忘れてしまいそうな名前なのであります。杉浦日向子さんの漫画のタイトルにもなっておりますが、ここしばらく手元にないので読んでおりません。どこへしまい込んだものでありましょう。

ぼんぼりのようなサルスベリ。

「サルスベリ」で辞書を引いておりますと、大したことが出て来ないのでありますが、これをこの花の漢名であるところの「紫薇」で調べてみると、何やら微妙なことになるのであります。「しび」と読みまして、「び」のほうに草冠を付けた「紫薇」とあれば、これは今写真でご覧いただいている「サルスベリ」のことなのであります。「び」のところに草冠のない「紫微」となりますと、これは中国の宮廷を指すことになりまして、元は天文学によって北極のあたりを「紫微垣」と称し、天帝の居所と考えていたことから転じたようであります。要するに、普通の人には手の届かないえらい方のいる辺りというような発想であります。この「紫微」とか「紫微宮」ということになると、普通名詞として漢詩などに登場するようでありまして、唐なら長安の都の宮廷に植えてあったからサルスベリを「紫微」というのだというのは、ウィキペディアの指摘ですが、『日本国語大辞典』(第二版)はそういうふうに簡単に結び付けずに、「紫微」と「紫薇」の項目はしっかり分けてあります。ともかく、あの楊貴妃さんも玄宗皇帝さんも見たことのある植物かも知れないと言うことです。「紫微」という場所に、同じ発音の「紫薇」を植えると言うこともあるかも知れませんね。天文学の「紫微」と、それが転じた宮廷を指す「紫微」と、まったく同音で植物の「紫薇」があるということで、よろしいでしょうか。

   サルスベリに比べると、ヘチマの方は何となくなじみ深いものであります。タワシにいたします。

画像今ようやく芽が出まして、蔓が上り始めておりますので、ちょっと種を蒔く時期が遅かったのであります。梅雨明けがもう一週間くらい遅いことを念頭に置いて種まきしましたので、うっかりすると焼け付く太陽の日射しで苗がやられてしまいそうであります。九州へ行くと食べるそうですが、この植物を食べたことはありありません。ヘチマ水を取るというのは聞いたことがありまして、あるいは実際にやっているのを見たことがあったかも知れません。サポニンを含むそうですから、去痰薬として知られておりまして、正岡子規も使っていたそうです。

痰一斗 糸瓜の水も 間に合わず(正岡子規)

いつの句なのかと思いましたら、これが正岡子規の絶筆なんだそうです。絶筆は三句ありまして、最初のが「糸瓜咲いて痰のつまりし仏かな」、次のが上に示した句で、「をととひの糸瓜の水も取らざりき」が最後と言うことのようです。明治35年(1902)9月18日朝の10時頃に書いたんだそうですが、19日の午前1時に帰らぬ人となったというのであります。私はぼんやりした人間でありまして、色々うっかりして過ごしているんですが、正岡子規の絶筆をよく心得ておりませんでした。しかし、どうやらこの明治の人は、糸瓜の句を最後に作って亡くなったのであります。声が出なくなったそうですが、妹の律さんに画板に紙を貼り付けさせて最後の力を振り絞って筆で書いたと言うことのようです。自筆の原稿は国立国会図書館が保管しているそうでありまして、見ようと思えば見ることができるのでありましょうか? 満34歳で亡くなっております。もうちょっと真剣に、NHKの歴史ドラマ『坂の上の雲』を見ていたらこのシーンを見たのかも知れませんが、落ち着きのない性分でテレビの前に長々と座っていられないので、見逃しておりました。

   瀬戸内寂聴さんの訳した『源氏物語』も、はや第17帖「絵合」の巻ですが、三角関係が気になります。

ここまで、あまり物語の中心に出て来なかった藤壺が、冷泉帝の後宮に前斎宮を入れようと強く光源氏に働きかけたことが分かります。このあたりが、分かったような分からないことでありまして、いろいろ考えて見る余地がありそうです。『源氏物語』の始めというのは、桐壺帝の後宮の確執でありまして、要するに弘徽殿の女御・桐壺帝・桐壺更衣という三角関係があったわけです。藤壺が入内した時に覚悟したのは、弘徽殿の女御・桐壺帝・藤壺女御という関係でありまして、いじめられたら困ると言うようなためらいがあったはずです。これが、光源氏の密通によって、とんでもないこと画像になりまして、桐壺帝・藤壺女御・光源氏という親子と関わるはめに陥るわけであります。もし仮に藤壺が光源氏を愛していたとしますと、藤壺女御・光源氏・葵の上という構図になりまして、さらに実際の愛情が葵の上に無ければ、藤壺女御・光源氏・六条御息所というふうに流動化するわけです。六条御息所の場合は、この藤壺の存在に気が付かずに、妊娠した葵の上を祟ってみたわけで、ばれていたらどうなっていたのかということも考えてよいのでありましょう。

レモングラスの茂みが大きく育ちました。

光源氏が冷泉帝の実の父親であるということが秘密である以上、光源氏が冷泉帝の治世に肩入れする必然性が藤壺は必要なのかも知れません。そこで、光源氏が公然と後見していた六条御息所母娘でありますから、娘の前斎宮を冷泉帝の後宮に入内させおおっぴらに肩入れさせようという目論見と言うことになります。冷泉帝は父の光源氏に似て絵が大好きというような事でありまして、前斎宮も絵が上手で、いきなり親密度が高まるというふうに描かれております。光源氏が絵がうまいというのは、「末摘花」の巻で紫の上に絵を描いてやるシーンがありますから、実は布石が打ってあったと言うことになります。もし、そのことがこれまで出て来てなかったら、なんだかとってつけたような話なのであります。光源氏の孫に当たる匂の宮が、絵を描いて浮舟をよろこばすと言うことが『宇治十帖』で出て来るはずですが、代々絵が上手という話になるのでありましょう。小説においては、絵が上手というのはそう言ってしまえば良いわけですから簡単ですが、これを映像化すると、その絵を見せなくてはなりませんから、相当力を入れて上手な絵を画面に持ってくる必要があるでしょう。

    「絵合」の巻は、とても華やかなんですが、これを映像にした時のネックを発見してしまいました。

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