He disappeared without a trace. 見しやそれとも。(3)

冷え込みがちょっと緩んだようでありまして、今朝の最低気温が5度くらいのようであります。しかし、ストーブを焚かないでいられるかというと、そうもいきませんから直火の石油ストーブを焚きまして、お湯を沸かし、紅茶を入れ、ミルクパ画像ンで牛乳を沸かしまして、使い残しの蜂蜜を加えまして、ロイヤルミルクティーをがぶがぶと飲んでいるところであります。紅茶はトワイニングのオレンジペコ、牛乳は低温殺菌牛乳ですが、蜂蜜はサクラ印の「ちょい足しはちみつ」という若い女性が喜びそうな容器に入っているものであります。

昨日のツワブキ(石蕗)。

どうして昨日の写真なのかと言いますと、朝一番では外が真っ暗でありまして、フラッシュを焚くというのも何だかわざとらしいわけで、そこで昨日の昼間に撮影したものを使うわけであります。この時期に大宮の氷川神社の参道に行きますと、道ばたの樹木の間にツワブキが咲いておりまして、知らない人にはただの黄色い菊であります。参道はケヤキ並木となっていますが、これはあらかた葉が落ちまして丸裸、ところどころイロハカエデの紅葉が残っている状態なのであります。参道周辺も再開発の波が押し寄せまして、巨大なマンションなどが偉容を誇っておりますけれども、大地震の後で売れたのかどうかと考えて見ると、いつまでもいつまでもチラシが入ってきております。灯油缶を抱えて階段を上っていた方がいるだろうと想像するんですが、これは飽くまで想像でありますから、邪推は邪推としてご容赦願いたいと思います。お気の毒に。おそらく今はエレベーターが復活して久しく、暖房もまたエアコンを使用しているわけでしょうから、きっと快適だろうなと思いながら、ツワブキの向こうの風景を眺めたりするわけなのであります。参道を景観の一つとして取り入れたマンション群でありますが、参道から見た光景の方は必ずしも取り入れたくはなかったもののはずでありまして、世の中はままならないものなのであります。

   点検したら中央道のトンネルの天井板に不具合があまた見つかったそうです。

検査の時に異常がなかったと言い張っていたのですが、その検査の結果を公表できないというようなことでありまして、大変なことが発覚しているのであります。不具合を見過ごしていたのも問題ですけれども、検査自体を手抜きしていたなら事はもっと問題でありまして、新聞報道だけを見ていての感想でありますが、何らかの刑事罰はまぬがれないこ画像とが想像されるわけなのであります。巨大な建造物というのは造るときにも莫大なお金がかかりますが、保守点検にも膨大なお金が必要になりまして、取り壊すのにも費用がかかるものなのであります。一粒で三度美味しいわけですが、国土を改造してしまったツケが後から回ってくるのでありまして、後始末をするのも政治の仕事でありましょう。

昨日のはらぺこ青虫。

オークションを巡るヤラセの問題、もしくはサクラの問題が出て来ておりまして、落札してもいないのに落札したことにしてブログを書いていた、というようなことであります。なるほど、有名人のブログであるとか、芸能人のブログであるとか、そう言ったものを見ると確かにあれを買ったこれを食べたというような話題が出て来て、こうなるとお金をもらってせっせと更新していたのかと疑われるわけでありましょう。ちなみに、更新自体が業者によるものであったり、マネージャーによるものだったり、事務所やら何やら、忙しい本人が身を削って書くほどのことはないわけでありまして、ほら、このブログだってあの有名企業、有名出版社、あのお店の作成かも知れず、集団で書いていたっておかしくは無いのであります。小説家だって弟子の書いたものを自分の名前で出してあげるということがありまして、古くは紫式部、ちょっと前なら吉行淳之介さんなんかに、そう言う噂が持ち上がったことがありましたが、ご存じの方はご存じの話題であります。せっせと書いているには、きっと何か裏があるに違いなわけでありまして、うかうか信じてはいけないのであります。何年か前にちゃぶ台を探して、有名オークションで入札しましたら、すぐにライバルが現れて値段がつり上がりまして、これはどう見てもおかしいと分かりました。そんなものはすぐに見切りを付けまして、今キーボードの台として使っているちゃぶ台は500円、誰も競争相手が現れないまま最初の値段で落札しまして、送料が1000円でありました。2000円くらいかけて塗料を塗りまして、ピカピカのを愛用しているのであります。

   さて、『源氏物語』第41帖と第42帖のすきまにある「雲隠」の巻です。

本棚に『源氏物語湖月抄(下)増注』というものがありまして、これは講談社学術文庫から出ている三冊本の三冊目であります。北村季吟という人が書いた『源氏物語』の注釈書でありまして、もちろん江戸時代の著作がもとであります。それを見ますと、まったくけちることなく「雲隠」の巻を解説しているのでありまして、それを見ると「雲隠」という言葉の由来についても、『万葉集』などの歌まできちんと引用しまして考証を重ねているのであります。小学館の新編日本文画像学全集はそれを踏まえているわけでありまして、岩波書店の新日本文学大系のほうはそれをまったく無視しているということが分かるのであります。それはそれでありまして、巻の名前を立てて本文は空白という、講談社版の処置もまた非常に有益な示唆に富んでおります。

本日見つけたアゲハの幼虫。

『河海抄』という中世の『源氏物語』の注釈書が、『源氏物語湖月抄(下)増注』に引用されておりますけれども、これがやっぱり有益ではないかと思われるのであります。引用してみるとこんなことが書いてあるわけでありまして、何事も遡って古いものを見て見るに限るわけであります。「雲隠れと名づくる事 此の巻は本よりなし。只名をもてその心を顕すなり。此の名題にて、六条院ひかり隠れ給ふ心しらるる也。此の詞代々集にも数多あれども、万葉集に人の逝去するを皆雲隠れといへり。(万葉集の歌四首引用=省略)この外おなじ作者うたにも此の詞有り。逝去の事にあらざる也。」というのでありまして、紫式部が『万葉集』に馴染んでいたかというとそんなはずはないので、果たして『万葉集』の歌を背景にして光源氏の死を「雲隠れ」の詞に込めたかどうか、非常に曖昧になるのであります。最後に指摘してあるのは、『百人一首』にも採用された歌のことでありまして、『河海抄』はちゃんと引用しておりますから、ここに示してみることに致します。これこそ、巻の名前の由来かも知れません。

   めぐりあひて 見しやそれとも わかぬまに 雲隠れにし 夜半の月かな(紫式部)   

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