Love becomes hate.全く鬼みたいな性悪女なのに。

いやはや、寒くなりました。ほんとに今年は寒いんじゃないでしょうか。夜中の23時くらいに3度を下回ったようでありまして、雪が降ってもおかしくない気温であります。午前9時でも4度くらいでありまして、10時でも5度でありますから、これはもう真冬の気候であります。じゃあ寒くてつらかったのかと言うと、案外そうでもありません。子供の頃はもっと寒いところで暮らしていたわけでありまして、たとえば洗面器に水を入れたまま外に放置すると、がっつり大きな氷の塊が出画像来てしまう土地でありましたので、0度に近付くにつれ体がなんとなくほっとするのであります。これこそ冬であるということでありましょうか。コタツに足を入れても背中は寒いとか、反射式の石油ストーブも当たっている部分は暖かいけれど、そうじゃないところは冷えるなんてのがむしろ平気なのであります。

百日紅の幹を背後に石蕗。
サルスベリとツワブキです。

そう言えば、学校の暖房は石炭ストーブだったのでありまして、煙突が付いていてこれが外につながっておりました。よってストーブの設置位置は基本的には教卓から見て校庭に近い所、先生の机の前というのが定番だったのであります。日直と呼ばれる当番がありまして、朝一番で石炭バケツを下げて廊下をとぼとぼ歩きまして、校舎の片隅の石炭倉庫に出向き、シャベルで黒い石炭の塊をバケツに移し、二人がかりで引っ提げて教室に帰るのであります。生徒が持ち寄った木の枝などをストーブの口にツッコミ、新聞紙を丸めてマッチで火を付け、よく燃えましたら石炭を放り込むのであります。だいたい、子供の拳骨大の黒い塊でありますが、独特の粉塵と独特の匂いがしたものであります。石炭の中にコークスと呼ばれる軽石みたいなものを見付けると、これは穴ぼこだらけでありまして、短い頭髪に近づけると非常に痛いのでお互いに悪戯し合ったものであります。オイルショックの頃を境に石炭ストーブは姿を消して、石油ストーブが学校に導入されまして、安物の化繊の学生服などは燃えそうになることがありました。

   別に石炭が枯渇したわけではないのはご存じ?

去年の大地震・大津波・原発事故のあと、たまに行く古本屋を覗きましたら、古い講談社学術文庫が目にとまりまして、題して『エネルギー問題についての基礎知識』というものであります。ページ数にすると140ページ足らずの文庫でありまして、薄い本であります。薄いから貧弱なのかというと、これは著者の向坊隆さんが書き下ろしたもので、非常にバラ画像ンスの取れた好著であります。何より私なんかの頭に入りやすい簡潔な文章と、学者としての良心に満ちた著述でありまして、昭和53年(1978)に出た時は320円、私が手に入れた時は古本で150円ですが、価値はその10倍にも値しそうであります。

ニオイシュロランの幹。直径30㎝。

前にも紹介しましたが、この本はよい暮らしをするのにエネルギーをどこから調達するのか、原子力発電を導入していいのか、そう言うことについて公平な視点で論じたものであります。結論から言うと原子力の技術は心もとないのひと言でありまして、じゃあ太陽光発電なんかに希望はあるかというとこれは全く望みがないというようなことをきちんと述べてあります。要するに八方塞がりなんですが、石油が無尽蔵にあるからこの何十年は石油に依存してきただけだと言うことが、この本を読んでいるうちに分かるんであります。私たちの子供の頃は石油は天然由来で、古代の植物が圧縮されて出来たなんてことを聞かされたんですが、いつだったか立花隆さんの本を読んだら、たまたま地下にあるから植物成分が混じるが、これは鉱物資源のようなもので、地下を掘ればじゃぶじゃぶ出るものであって、地球自体がオイルタンクみたいになっているらしいなんて書いてありました。日本で掘ると、土地代に人件費がかかりすぎるから、中近東の砂漠地帯を掘っているのであります。それに比べたら石炭を掘ることが割に合わないのは明らかでありまして、掘らなくなっただけなのであります。いざとなったら、みんなでまた掘ればいいんだべ、というようなことなのです。つまり、常磐炭鉱復活の日はあり得るということでよろしいでしょうか。

   さて、『源氏物語』第39帖「夕霧」の巻を読了しました。

長いのでありますが、しかし非常に面白いのでありまして、「横笛」の巻で主人公に躍り出た夕霧なんですけれども、ここであっさりと脇役であることを露呈します。夕霧の浮気の失敗をしっかりと描きまして、所詮夕霧は光源氏のように大邸宅に妻妾を抱え込むことの出来ない人物であると印象づけてしまうのであります。むかし、「蹉跌」って言う言葉が流行りまして、「さてつ」と読むはずでありますけれども、これはつまらないことでけつまずくことで、石川達三のベストセラ画像ー『青春の蹉跌』というのがこの言葉を流行らせたと思います。流行ってしまった分だけ今は耳にしない言葉です。ともかく、真面目人間である夕霧の蹉跌を描きまして、他人事なら笑い話でありますが、離婚訴訟を抱えた人は読まない方がよろしいかと思います。

ヤツデの花の満開の風景。

現代語訳で96ページありますけれども、最初から最後まで夕霧の蹉跌の経緯をあますところなく描き尽くしまして、秀逸の極みでありましょう。親友であった柏木の放ちました毒矢が次第に効き目を現しまして、平気平気、大丈夫、かすり傷、などと強がっていたのが、みるみる全身に毒が回って顔面蒼白、震えが止まらないというような有り様になるのであります。これはこのまま現代のドラマにしたっていいくらいでありまして、ワンシーズン、10回連続のドラマにしてもよさそうであります。この巻の最後で明かされるとっておきのネタは、夕霧の子供がどれくらいいるかという子供の数でありまして、気絶するほどの子沢山なのであります。もちろん歴史上の人物の中には、精力絶倫の人はいくらでもいるでしょうけれども、たとえば藤原俊成なんかは30人くらい子供が生まれましたが、男子は二人かそこらでありまして、それでも九十の賀のときには、両脇をその息子たちに支えられて出て来ております。

   光源氏は実の子が3人のはずであります。

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