A sanctimonious hypocrite. とんだ食わせ物の破戒坊主。(4)

今朝の最低気温がマイナス0・7度とありまして、なんだ大して寒くはなかったのか、などと思うのでありますが、体感温度はもうちょっと寒かったような気がするのであります。日中の最高気温は、このままなら午後4時の6・1度のようでありまして、昼までには薄日も射していたのにちっとも気温が上昇しなかったのでありまして、薄ら寒いわびしい一日という画像ような印象でありまして、正直者のオオキバナカタバミは花びらをロールさせたまま、冷え冷えとした気温に耐えているようであります。写真を見ると葉っぱが何だかシミが浮いていて汚く見えますが、これはこの植物の特徴のようでありまして、緑の葉っぱに紫色の斑点がシミのように付いているのであります。

また雪に見舞われそうなカタバミ。

他人のパソコンを遠隔操作するには、どうやら発信元の匿名化が必須のようでありまして、そうでないと遠隔操作したのがばれるようであります。何度もアクセスする中にふと匿名化ソフトを使うのを忘れたというのが失敗でありまして、世間の話題をさらった犯人は追い詰められたようであります。遠隔操作したのがばれた段階で操作の手が伸びてくるのをかわすために、あれこれ考えたんでしょうけれども、のこのこ江ノ島へ出かけるというような行動をしていなければやっぱり追及をかわせたかも知れないわけで、パソコンの技術ほどには実生活の行動には慎重さが無かったのが敗着でありましょう。そこに隙がないようであれば、もともと犯罪に手を染めないような気もいたします。追い詰められて、いっそつかまってみようと思ったのかもしません。新聞報道でもやもやするのは「漫画イベントに対して殺人予告」と書かれているんですけれども、それってコミックマーケットに対しての脅迫行為のことなんでありましょうけれども、どうして「コミケ」って書かないのでありましょうか。違うものなのかも知れないのでありますが、こういうところで躓かないように記事を書いて欲しい気もするのであります。たぶん、商標登録されている言葉であるために、記事の上で書けないということかも知れませんけれども、違和感はかなりあると見ました。

   鉄1㎏と綿1㎏と空気1㎏、重いのはどれだ?って昔どこかで習いました?

そんな質問でだまされる人はいないと思うのでありますが、もちろんすべて1㎏でありますから、同じ重さと言うことであります。1㎏を持ってきて、1㎏と言わずにどれくらいの重さだと思うかと聞けば、体積の違いは明らかでありましょうから、ちょっと思い悩むかも知れません。ペットボトル入りのお水というのは、現在では2リットルの容器に入っているのが普通でありまして、それが2㎏のはずでありまして、何となれば摂氏4度の時に水は最大密度になりまして、この時の1リッ画像トルの水を1㎏と定義してあるはずであります。実は平成9年(1997)の『理科年表』(国立天文台編)の密度の所で「水」の密度を探しましたら、これが出て来ないので変だなあと思ったのであります。知らないと言うことはこういうことであります。そろそろ、新しい『理科年表』を買う必要もありそうであります。毎年買い換える人もきっと多いのでしょう。

スイセンの芽はそのまま。

『理科年表』には、牛乳の密度も出ておりまして、これが1・03~1・04とあるのであります。本当かなと思いまして、タカナシの低温殺菌牛乳で確かめてみました。まず、数日前に飲み干して洗っておいたパックを見つけまして、量りで計測すると33グラムと出まして、次に1000ミリリットルすなわち1リットルの開封前のものを載っけてみましたら量りは1068グラムと出ましたので、牛乳の重量はだいたい1034グラム、なるほどどうやら『理科年表』の言う通りであります。元素の単体で最も重いのは、97年版の『理科年表』ではイリジウムとオスミウムでありまして、どちらも22・5と出ておりますから、なんとサイコロ大の1立方センチで22・5グラムありまして、これだとピンと来ませんが1リットルの牛乳サイズで22・5キログラムでありますから、私なんかの力で持ち上がるのかどうか不安であります。うかつに持ち上げると、鍛えたことのない手首を折りそうであります。なんでこんなことを書いているのかというと、この二つの元素からあれこれ調べて、どんと目の前が暗くなりまして、完全な鬱状態に陥ってしまったのであります。オスミウム(Osmium)は元素番号76番、イリジウム(Iridium)は元素番号77番、どうやら近代日本の知性を代表していた寺田寅彦さんはご存じだったのかどうか。知っていたら、元素の名前を源氏名にしようとは言わなかっただろうと思うのであります。発見されたのは1804年のことでありまして、発見者はイギリスの化学者スミソン・テナント(Smithson Tennant)という人であります。ウィキペディアをみると、この方はダイアモンドが炭素で出来ているということを明らかにした人なんだそうです。鬱になった原因は次回に語ります。

   『源氏物語』第51帖「浮舟」の巻ですが、重大な問題があります。

この巻の薫は27歳の青年貴公子であります。表向きには光源氏の第三子でありまして、二世の源氏なのであります。兄は大臣の夕霧でありまして、姉は今上帝の后である明石の中宮でありまして、実は匂の宮の叔父さんということなのであります。匂の宮が生まれた翌年生まれたわけでありますけれども、実の父は柏木でありまして、普通に読んでき画像たらこの不義の子の出生の秘密は揺るがないものでありまして、光源氏の子供ではありません。どうして、主人公のように扱われているのか、摩訶不思議であります。ついでに匂の宮が1歳だけ年長というのも揺るがないものであります。匂の宮は「浮舟」の巻では28歳のはずでありまして、そう思って読んでくるととんでもないことが出て来るのであります。

サツキの現在の状況。枯れ枯れ。

薫に化けまして見事侵入を果たした匂の宮は、もう浮舟にメロメロでありまして、猫にマタタビだったことが分かります。猫は匂の宮、マタタビが浮舟であります。このことは、もしかしたら従来見落とされているのかも知れませんが、『宇治十帖』の前の3帖の中で匂の宮の趣味・趣向、女性に対する好みが出て来ておりまして、彼は俗世間と交渉の無いような女性が案外好みだったのであります。つまり、万事派手好みでありますけれども、言い寄ってくるような華麗なタイプは実は好みではなく、よって本当の好みのタイプは大君だったはずなのであります。同じことは薫にも言えまして、ひょっとすると薫の好きなタイプは知的でユーモアのあるタイプの方がいいのでありまして、いつまでも中の君にちょっかいしていたのはそう言うことだったのでありましょう。つまり、男二人は八の宮の宇治の姫君を取り違えた可能性があります。匂の宮は、美貌の点では中の君や六の君に劣る浮舟にぞっこんでありまして、無我夢中であります。もし、大君が生きていたら、どんなことになっていたのか見物でありましょう。だから、宇治から戻ってきたあとで、良心の呵責も少しはありますが、浮舟を隠していた薫のことを「とんだ食わせ物の破戒坊主」と思うわけでありまして、原文は「聖だつといひながら、こよなかりける山伏心かな」という表現でありますが、寂聴さんの訳は目の覚めるような切れ味を示しております。それにしても、このあととんでもないことが出て来るのでありまして、なんでも薫の方が匂の宮より「もう二つ三つお年上」と出て来ます。年下だったはずの薫がずっと年長だと臆面もなく書いてありまして、本当に天地がひっくり返るような印象であります。原作者・紫式部が間違えちゃったんでありましょうか。

   注釈書を見ましても、ここの年齢表記は大きな謎のようであります。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック