A fixed intention. 確固たるものの如く。(8)

昨日は春分の日でありましたが、春分というのが何だろうかと考えると、実はまったく知らないことだと分かりました。分かっていないことが分かるというのは、何かを認識する第一歩かも知れません。三省堂の『国語辞典』を見ましたら、二十四節気の一つであるとか、昼と夜の長さが同じになるとか、私でも知っているようなことが書いてありまして、社会生活を営む上では年度末・学年末の面倒な時期に休みになる日と覚えておけば充分なわけです。困ったのは、ウィキ画像ペディアでありまして、ここの執筆者はどうやら天文学に造詣の深い人が加筆しているようでありまして、そこには「太陽が春分点を通過した瞬間、すなわち太陽黄経が0度となったとき」と定義してあるのであります。「春分点」とか「太陽黄経」という言葉が何を意味しているのか分かりませんので、3分ぐらいフリーズしたというか、眠気がどっと襲って参りました。

カタバミの黄色の競演。

気絶して何とか回復しまして、どうして分からないのかと言うことが少し分かって参りました。つまり、私なんかが普通に学校に通っておりますと、当然ながら地動説を前提にして天体の話を教えられまして、天動説というのは暗黒の中世の名残として、嘲笑の対象であります。つまり、太陽が地球の周りを回っているのを天動説と言いまして、地球が固定した状態であると信じているのは馬鹿であると、繰り返し繰り返し教えられたのであります。それは確かに結構なことでありまして、数学も物理学も、あらゆる化学というものは天動説を否定して地動説に乗っかった瞬間から前進したのでありましょう。しかしながら、春分点とか太陽黄経というのは、これはどうやら見かけの上で太陽が天上のどこを通過するかということを考えた時のものでありまして、春分の日を定めるのは、実は天動説的な考え方なのであります。きっと。分からないことを分かろうと努力してみましたけれども、ますますわけが分からないわけでありまして、ともかく春分の日は花粉と黄砂が降りしきる中を行動する妙な休日になっているというのが2013年あたりの状況であります。

   お昼に久し振りに『徹子の部屋』という番組を見ましたら、ゲストは永六輔さん。

最初に画面に映った時にはニコリともしないわけで、ご病気か大変だなあという感じであります。パーキンソン病だという話でありまして、リハビリに取り組んでここまで回復したというようなお話であります。黒柳徹子さんと永六輔さんはテレビ放送の創業期に活躍した人達でありまして、もちろんテレビなんかない時代に生まれ育ちまして、それぞれいろんな才能を持ち寄ってテレビに花を添えた方たちと考えていいんだと思うのであります。面白いなあと思いましたのは、永六輔さんが芸能人になる前の渥美清さんをよくご存じでありまして、考えて見たら浅草のお寺の子であった永六輔さ画像んと上野あたりに住んでいた渥美清さんは、戦前の東京下町の空気を同じように吸っていた人でありまして、長じて焼け跡の金属回収という子供の小遣い稼ぎをめぐって接触があったというのであります。年長の渥美清さんは買い上げる方の人でありまして、永六輔さんはさりげなくピンハネの少ない人と言うのでありました。

第一ヤマトシジミ(蝶)発見。

実は渥美清さんは永六輔さんの新婚家庭に居候していたそうでありまして、永六輔さんが帰宅すると、奥さんと渥美清さんが差し向かいで食事をしているなんてこともあったそうで、子供が生まれた時には顔が四角くないか気になったと言うのであります。これは冗談でありますが、びっくりしたのは永六輔さんの新婚旅行は実は渥美清さんが同行していたそうでありまして、その渥美清さんは旅先から毎日お母さんに絵はがきを書いたそうですが、宛名の英語は永六輔さんが代筆していたそうで、代筆するわけだから文面を見ちゃったそうでありますが、「母ちゃん俺元気。シカゴ」というような簡潔な内容だったと永六輔さんは感心して見せたのであります。去年なくなった小沢昭一さんの話題があり、井上ひさしさんの話題がありまして、井上ひさしさんが作詞した釜石小学校の校歌の紹介がありましたけれども、はっと胸を突かれるような歌詞でありまして、校名も地名も入っていない非常に珍しいものであります。井上ひさしさんは、大学を休んで一時釜石あたりに職を得ていた時期があったはずでありまして、そういう縁で作詞を引き受けたんでありましょうか。ちなみに、永六輔さんの生家であるお寺さんの向かいにもいくつかお寺がありますけれども、そのうちの一軒がやっていた学習塾の先生をしていた時期がありまして、「お向かいは永六輔さんの出たところ」と聞かされたものであります。

   強風が吹き荒れまして水仙が横倒しでありまして、荒れ模様の毎日です。

今朝の最低気温が午前6時で6・1度と言いますから、昨日の昼間からしてみたら15度くらい気温が下がりましたので、用意して置いた毛布にくるまって夜明けの冷え込みをやり過ごしたのであります。日中の最高気温は、おそらく午後2時に記録した13・9度でありまして、予報された範囲に見事に収まったのであります。これがだいたい平年気温でありまして、室内で何かする分には暖房不要な昼間でありますが、今こうしてキーボードを打って同じ場所にじっとしていると、少々温もりが欲しい気がいたします。明日からはまた気温が上がるという予報でありますから、週末はお花見も本番でありましょう。去年に比べたら2週間は早い満開の桜でありますから、例年お花見をしていた企業などはあたふたし画像ているようでありまして、花見客を迎える方も準備が整わないままお花見シーズン突入であります。昨日の夕刻に見たワイドショーは、そのあたりを上手に取材していまして、しかしながら花見は花見でありまして、早すぎるのも結構面白く、世の中は盛り上がってしまいそうであります。

散歩道の桜も開花しました。

もはや「早春散歩」どころの話ではないのでありまして、ユキヤナギが咲き、レンギョウが咲き、辛夷の花が咲いているそばで、モクレンも開花しまして、さらに桜が咲いたわけであります。早春の寒い風ではなくて、明日からは暖かな風に吹かれまして、のんびりと桜の枝をながめながら早朝の散歩を楽しみたいと思うのであります。本日は気温も低くて、その上強風でありましたから、おちおちカメラを構えて写真を撮っていられないような天気でありました。枝が揺れてピントがずれるくらいなら構わないのでありますが、何だかどこかの看板であるとか、ポスターであるとか、あれやこれやが風に煽られて飛んできますし、こちらも帽子が飛ばされそうだったりしたのであります。景気回復のために再開発が急ピッチで進んでおりまして、例年写真を撮っていた桜並木の一つが伐り倒されまして、もはや影も形もないのであります。近所の長老の方に去年うかがった話では、その桜並木は道路の拡幅に伴って移植したのだという話でありましたが、さすがに古木ばかりでありましたから、再び移植するのを断念して伐採してしまったようであります。今日撮影した桜も、ひょっとすると来年には存在しない可能性がありまして、だとすると散歩コースを大きく変更する必要が出て参りましたが、それはそれ、そうなったら来年考えることにいたします。

   私は去年一昨年のままなんでありますが、桜並木のほうが変化いたします。

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