TRDMC 涙こぼるるのみ。(4)

何だか当ての外れた日曜日でありまして、今朝の最低気温は午前8時の8・6度なんでありますが、正午になっても10・2度とありますので、はっきり言って真冬の気温であります。それでも、地べたに敷物を敷いてお花見をしている人を見かけましたので、こうなると臨機応変とはほど遠い行動でありまして、どうか風邪をひかないで明日からもお元気でと声をかけたくなります。今日しかお花見が出来ない、家族が揃うのは今日だけなんて人がきっといるはずでありまして、イメージの中の「春」とか「お花見」と現実に今迎えている気候とのギャップというのは誰かがはっきり言わないと分か画像らないものかも知れません。どうやらこの10年くらいと言うのはソメイヨシノが咲く時期に天気が不安定でありまして、決してうららかではないのであります。去年も幼稚園から来た集団が桜並木の下に陣取ってお弁当を広げておりましたが、吹き荒れる風の強さ冷たさ砂埃に見舞われまして、けっして安全無事には見えませんでした。

越谷市元荒川堤の花見風景。

元荒川と言いますのは、秩父山系に発した荒川の昔の流路でありまして、埼玉県熊谷市のあたりで荒川と切り離してしまったものなのだそうです。一つ分からないのは、本来は熊谷市の久下のあたりに水源があったそうなんですが、現在その元荒川の水源は涸れまして、地下水をくみ上げているというのであります。切り離した河川に水源があるというのは、ある意味矛盾でありまして、実際の所が分かりにくいのであります。ともかくこの元荒川という流れは、熊谷の荒川河川敷からすぐの所に源を発し、鴻巣・桶川・蓮田を経由しましてさいたま市の岩槻区を流れてから越谷に至りまして、北から東京湾に注ぐ中川という川に合流しているのであります。東京の河川は改修に改修を重ねてありまして、もはやどれがどれやら分からない有様でありますから、うかつなことは言えないのでありますが、その根幹は東京湾に注いでいた利根川を、鬼怒川の下流域を奪う形で太平洋に注ぐ川にしたことであります。千葉県松戸市を舞台にした伊藤左千夫の『野菊の墓』には、矢切の台地から利根川が見えるという描写がありまして、どこかの文庫本には矢切から利根川は見えないというような注が付いているのですけれども、そんなことはなくて矢切の渡しのある江戸川が、あれは昔は利根川だったということらしいのであります。

   スカイツリーの下を流れる隅田川は、実は元は荒川だったんだそうであります。

今現在の地図をひろげて見ると、山手線に一番近い所にある大きな河川が隅田川でありまして、浅草と両国の間を流れているのがこの川でありまして、「♪春のうららの隅田川」で始まる武島羽衣作詞の「花」の舞台であります。作曲した滝廉太郎のほうが有名でありますが、作詞者は「たけしま・はごろも」さんであります。次に大きな河川が現在の荒川でありまして、これは赤羽の手前ぐらいで隅田川と分かれまして、北千住の北から南流して、現在は葛西臨海公園のほとりで東京湾に注いでいるのであります。昔利根川だった江戸川は千葉県の西の外れの県境となっておりまして、本当は浦安市のほうへと県境に添って最後は南西に流れていたものでありますけれども、放水路を造って東南に流し込みまして、市川市で東京湾に注ぐようになっているようです。ディズニーランドがある画像浦安市の舞浜は、本来は山本周五郎の『青べか物語』の舞台でありまして、おしゃれとは無縁の漁師町だったのであります。東京の下町は西から東に、隅田川・荒川・江戸川と三本の大きな川が流れておりますが、関東大震災で灰燼に帰してしまった上に、第二次世界大戦末期の東京大空襲で焼け野原となりまして、さてどれほど往年の姿が残っているのやら、残っているものは少ないだろうと推測されるのであります。

本日は休養日のオオキバナカタバミ。

さて、例の元荒川なんでありますけれども、この川の水は今どこに流れ着いているのかと言うことでありますけれども、実はディズニーランドのほとりで東京湾に注いでいるのです。荒川と江戸川の真ん中を通っているのでありまして、中川に合流した後で一部の水は葛飾区で荒川に取られてしまいますが、新中川と名前を変えた後で、昔の江戸川(大昔は利根川)の下流域を奪いまして、京葉線の舞浜駅の北を流れディズニーランドの西で海に辿り着くのであります。なるべく洪水を起こさないようにするために、蛇行していたのを直進するように変えましたので、こんな不思議なことになるのであります。特に市川から浦安に流れていた河川というのは、利根川から江戸川に、江戸川から新中川に名前が変更になることおびただしいわけでありまして、おそらく人間の治水事業以前には大自然が何度も洪水を起こしまして、どの川がどこを流れていたかさっぱり分からないというのが本当のところのようであります。きっと、昔は川だった所が干上がりますと家を建てて住んでみたり、河原だった所を住宅分譲しまして新興住宅地になっているはずでありまして、一旦大雨が降れば正体を現すことでありましょう。

   越谷の元荒川の桜の風景から、あれやこれや余計なことを思うわけであります。

一本の川の水源地を見て、その川の流域をながめ、海に注ぐ河口まで、要するに一本の川のすべてを見るということは今では考えられないことでありまして、そういう川を何本見たことがあるのかと自問自答しますと、その数は指折り数えるまでもなかったりいたします。水源となる湧き水を見ることが出来る河川がどれくらいあるのかと考えれば、かなり画像難しそうでありまして、登山道を普通に歩いたのでは山奥の水源はパスしてしまいそうでありまして、実は元荒川は水源地と河口の両方を見ることが出来そうでありまして、中川との合流地点も見ることは容易であります。熊谷市久下の標高は25メートルくらいのようでありまして、河口の浦安市舞浜を0メートルと見なしますと、この河川の距離は90㎞未満でありまして、1㎞での高低差は27㎝くらいなのであります。

本日発見したドウダンツツジの花。

さて、そうなると心配なのが大津波でありまして、どこまでもどこまでも関東平野の奥の奥まで津波が遡上することを考えてしまうわけでありまして、そういえばいつだったかアマゾン川の流れが年に一度逆流するというのを映像で見たことがありまして、荒川や利根川に関しては恒常的な海水の逆流の話はないのでありますけれども、一旦大津波が起きてしまいますと、隅田川、荒川、元荒川(中川)、そして江戸川は非常に危険なことにさらされるのかも知れないなあと心配いたします。そんなことをいちいち考えていたらきりがないのでありますけれども、萩原朔太郎は春の日に散る桜を見て涙が流れるらしいのでありますけれども、こちらは元荒川の川岸に咲く桜の花を見て、何千年に一度あるかないかというような大津波を思い浮かべまして、頬に涙が流れてしまいそうであります。もちろんそんなことを写真を撮影した時に思ったなんて言うのは全くの嘘でありまして、手慰みにキーボードを打っているうちに思い付いた空想であります。空想ではありますけれども、まったく起きないという保証は何もないのであります。

   取り越し苦労もほどほどにということでありまして、OTZでございます。

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