TRDMC 涙こぼるるのみ。(6)

今朝のこの地の最低気温は8・3度くらいだったんですが、昼間の最高気温が午後3時でたったの10・2度だそうでありまして、これはもう完全に真冬に逆戻りであります。そして、何と午後6時の段階で気温は8度を切ってしまいまして、今は画像もう6度を下回ったかも知れません。ダウンジャケットでも着ていないとしのげない気温でありますから、春物をおしゃれに着て防寒を後回しにした若者は熱を出しかねないという状況であります。要するに日本の場合には、春とか秋とかそういう気持ちのいい季節は存在しないのでありまして、コタツとストーブの要る冬が6か月と、じめじめ雨ばかり降っている梅雨が1ヶ月と、そしてうだるような夏が5か月くらいあるのだと考えるべきなのでありましょう。

ガクアジサイの葉っぱ。

これまた庭師さんによって、強烈に伐り刻まれたガクアジサイでありますが、しっかりと新芽を出しまして、色鮮やかな葉っぱを存分に広げはじめております。茎の長さが3分の1くらいに剪定されてしまいましたので、どうなることやらと心配しましたが、こうしてちゃんと茂り出すのを見ると、植物というのは強靱なもののようであります。去年は冬の間に枯葉がすべて地面に落ちましたが、今年は新しい葉っぱの下に古い葉っぱが残っておりまして、一箇所残した花の名残もまだ付いております。年によって落葉する、しないの違いがあるのかどうか分かりませんけれども、あれだけ厳しい冬なのに葉が落ちきらなかったのは不思議であります。そばにあるキンモクセイは去年に比べると葉っぱがたくさん落ちてしまいまして、植物によって反応が違うような感じがいたします。それもこの庭でのことでありまして、ここの庭のことを世間一般に敷衍することはできないことでありましょう。

   今年より春知り初むる桜花散るといふことは習はざらなん(『古今集』春歌上・49番)

『古今集』と言う和歌集は、その後の勅撰和歌集の基本になりまして、これを含めて勅撰集は21も出来たそうであります。何百年も続く習慣の初めでありますから、見事なものだったことは間違いないのでありまして、どんなことが起きようと、どんな流行が生じようと、頑として評価されたものだったのであります。それを明治時代の正岡子規が猛烈にひっくり返しまして、この作品を誉めることは愚か者のすることに成り下がったのでありまして、入れ替わるようにそれまで読まれたことがほとんどない『万葉集』が国画像民文学の地位を得るようになったはずであります。古典とか伝統なんてものは、だからバーチャルなものでありまして、この前まで捨て置かれたものが古典と呼ばれたり、伝統としてまことしやかに教科書に掲載されたりするらしいのであります。私はそんな過激なことは思い付かないのでありますが、なんとなくそういうことらしいのであります。

カエデに芽が出ました。

これも手に入れた本に書いてあったことですが、『古今集』の春の部の桜の歌は、最初と最後に「桜が散る」ことを嘆く歌が配置されていて、見事に照応しているのだとか。49番が桜の歌の最初でありまして、なるほど編者の代表であった紀貫之の歌で桜の部が始まっているのであります。どこかに若い桜の木がありまして、今年初めて花を咲かせたというのでありまして、その桜をちょっと擬人化しまして、どうやらこの桜の木は咲くことを習い覚えて見事に咲いたよと、直接ではなく裏に秘めて言っているのであります。そして、願うことなら「散る」ということに関しては習わないで欲しいと言っているのでありまして、まるで年の離れた若い愛人に何事か教え込んで調教しているかのような物言いなのであります。「習ふ」というのは、古典ではしばしば「慣れる・馴染む」の意味だったりしまして、時には「慣らふ」などと表記したりするようでありますけれども、どうもここの「習ふ」は「習い覚える・学習する」の意味のようでありまして、現代語と同じ使い方だと感じますが、いかがなものでありましょう。

   宿りして春の山辺に寝たる夜は夢の内にも花ぞ散りける(『古今集』春歌下・117番)

桜に関してよく分からないことが一つありまして、こういう歌の時の散る花というのは、もちろん桜の花でありましょうけれども、この桜はソメイヨシノでないことは確実なのであります。なぜなら、あの品種は江戸時代の終わりあたりに開発された品種でありまして、染井というのは東京は巣鴨あたりに染井墓地という名前に残っている程度でありますが、江戸の郊外の地名だったのであります。だとすると、『古今集』に出て来る桜の花の品種は何だったのかということであります。宮中の南殿画像の左近の桜は八重桜だったように記憶しておりますが、本当に世間の花がそれだったのかどうか。『源氏物語』のヒロイン紫の上は二条院にいろんな種類の桜を植えて、春の間桜が咲き続けるように工夫したとありまして、じゃあいろんな種類があったのじゃないかと思ったりいたします。紫の上のことを義理の息子の夕霧は「樺桜」に例えておりますけれども、「花」とか「桜」と言った時にどの種類を指していたのか、気になる所であります。

イチゴにどんどん花が咲きます。

上に掲げたのは、春の部の桜の歌のお終いの所でありまして、岩佐美代子さんという研究者の方が指摘していることでありますが、最初と最後に「桜が散る」ことを配置しまして、一貫性があるんであります。この歌も実は紀貫之の歌でありますから、紀貫之という人には何かものすごくスタイルにこだわり、編集に心砕くようなセンスがあったのでありましょう。正岡子規は紀貫之を嫌いますけれども、こういう場合には近親憎悪というものがあって、自分のやりたいことをはるか昔に実行されてしまったことに対して腹を立てているのかも知れないのであります。つまり、鎖国を解いて日本を外国に開放した新しい時代に歌を詠もうとしたら、そんなことは1000年も昔に紀貫之が片付けていまして、何せその時の手本は中央集権国家を目指した超先進国の唐でありまして、漢詩という韻文のお手本も充実していたわけでありますから、この紀貫之の作った和歌集はハイセンスなんでありましょう。正岡子規は、要するに因縁をふっかけて絡んでみただけなんですが、違います?

   よって、萩原朔太郎だって、『古今集』の影響の下で詩を作ったんでありましょう。

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