The seventh day at spring equinox. 花の盛りは時正の後七日。(7)

分かったつもりで使っているものを、ちょっとウィキペディアなどによって確認して見ますと、世の中が違って見えて来たりいたします。昨日から低気圧が日本列島を通過しまして、激しい風雨によってもみくちゃでありますが、「風速」というものを手元で時速に改めまして眺めて見ると、ちょっと分かった気になりました。「風速」というのは、単位は1秒当たり画像に何メートル風が進むかと言うことでありまして、単位は「m/s」となるはずですがこれは風速にしか使わないわけでありまして、じゃあ60秒で何メートル進むのか、さらに60分で何メートル進むのかと迫って参りますと、1時間当たりの距離が出て来るのであります。風速10m/sの風と言うのは、60秒では600メートルでありまして、たぶん短距離走のスペシャリストたちは60秒すなわち1分間で400メートルトラックを1周半出来るということなのでありましょう。

風に吹かれるイロハカエデの新緑。

さらに60分だとどうなるかと言えば、36000メートルという距離になりまして、これは要するに36㎞でありまして、だから風速10m/sの風と言うのは、単位を変えると36㎞/hとなるのでありますが、こうなるとお年寄りが運転する軽自動車が近所にタバコを買いに行くようなスピードでありまして、いきなりありがたみが薄れますけれども、こんな速さでフルマラソンを駆け抜ける人間はどこにもいないのであります。しかし、この風速をどうやって計測するのかというと、それはなかなか難しそうであります。私の考える一番素朴な計測方法は、A地点から超軽いものを風に任せて飛ばしまして、1秒後に到達した場所を特定して、あああ10メートルの所だと見定めるというものでありますが、そんなことをしているはずはありません。普通の風速計はオタマを二つくっつけた形状でありまして、風を拾って回転した状態をカウントして換算したもののようであります。現在は私たちの思ってもみないような風速計が開発されているようでありますが、気になりましたのは「風速」というのは地上10メートルの10分間の平均風速だったそうでありまして、なるほど「瞬間風速」とは違うものだったのでありますし、私たちが地上に立っていて吹かれている風では無かったわけです。

   サクラの「満開」にも、80%以上が開花した状態という定義があるそうです。

そういうことを考えて見ますと、10分間の平均とあれば「風速」も実はほどほどに現実に近い数値と言うだけでありまして、真実間違いなく実際のある日ある時ある瞬間の風速を正確無比に反映していたものではないわけであります。風速計の精度も気になりますし、風速計の設置場所と実際に風速が問題になる場所のズレも気になることでありましょう。あくまでもだいたいの目安、そこそこの参考程度と言うことであります。それを言うなら、サクラの「満開」だってある意味主観的なものが入り込む余地がありまして、個別の一本一本の樹木の開花状況や、土地土地の桜並木の開花状況をすべて把握して宣言するわけもありませんの画像で、後は各自が眼の前の桜を見て八分であるとか満開であるとか適当に言うものかも知れません。考えて見ると、一本の桜の木でも早く咲くつぼみ遅く咲くつぼみがありまして、こっちにつぼみが残っているのに、あっちはもう風に散っているというような状況がありまして、8割咲いていたら「満開」と見なしましょうというのは、まあまあの判断かも知れません。

我が家のギボウシの若葉。

本日スーパーにお伴いたしまして、買い物用のカートに買い物籠を載せまして、付かず離れず、欲しいものは買い物籠に放り込み、買い物の相談には適当に相づちを打ちながら、喧嘩をしないように仲違いしないように店内をくまなく回るのであります。今日もそのスーパーの俯瞰図を入店すると思い浮かべまして、無駄の無いようにルートを選択したんですが、それなのにあっちへこっちへ同伴者は忍者のようでありまして、しばしばどこへ消えた、私を避けた、勝手にどこかに行ってしまうと日ごろ叱られることが頻発しましたので、今日はやむを得ず後ろ姿を追いかけるようにしていたのであります。レジに並ぶとようやく開放されましたので、そのすきに気になる野菜を眺めました。今日の場合それは「ウルイ」でありますが、同じギボウシの仲間でありますが、調べてみるとそれはオオバギボウシという植物でありまして、それを山菜として消費する時の呼び名が「ウルイ」なのであります。我が家の庭のギボウシは、江戸時代からの園芸品種である「スジギボウシ」らしいのでありまして、どうも種類が違うと分かりました。商品の「ウルイ」は白い茎の部分が長くて、緑の先端が細くすぼまっておりますが、庭のギボウシは御覧の通り根元から緑でありまして、まもなく葉っぱが広がるはずなのであります。

   花の盛りは、冬至より百五十日とも、時正の後、七日とも言へど、
   立春より七十五日、大様違はず。   (『徒然草』第161段)

タイトルを決める時に、適当にパソコンの周りにある本を開いて、季節に合いそうなものを選んで、そこから短い語句を抜き出すことにしております。元の文が短ければ短いほどいいわけでありまして、今回の出典である『徒然草』第161段はこれで全文なのであります。古典中の古典として持て囃される作品でありまして、日本の古典の三大随筆などと画像紹介するものですが、少なくとも161段はどこも随筆らしい所がないわけで、サクラの満開の時期を推定する手がかりとして暦の何を基準にするかということをドライに述べたもののようであります。角川書店から出ている安良岡康作さんの大著『徒然草全注釈下巻』は、この段のあれこれを詳細に検討しておりまして、①冬至から150日目、②時正から7日目、③立春から75日目、以上の三つについて太陽暦ならいつ頃かの対照表まで提示しておられます。

本日のスノーフレーク。

平均すると①は5月21日、②は4月8日、③は4月21日と出て来まして、兼好法師はもちろん③の説を推奨しているわけでありますから、そこから出た結論は鎌倉時代の兼好法師の見ていたサクラの満開は今より遅かったというものでありまして、どうやら鎌倉時代は今より気候が冷涼だったというのが『徒然草全注釈下段』の結論であります。面白いのは、当時の日記類をくまなく著者が探りまして、サクラに関する記事を集めてみると、どうもサクラの満開の平均は太陽暦に換算すると4月の13日くらいらしかったのであります、その結果、兼好法師の推奨している方法がやはり何となく妥当という結論なのであります。ただ気になりましたのは、「花の盛り」という場合の「花」はサクラに決まっていることでしょうけれども、当時の人々が一般にサクラとして観賞していたものはどの種類のサクラだったのかと考えると、狂おしい気持ちがするのであります。それから、「時正」というのは昼夜の長さがまったく同じになる日らしいのでありますが、普通は春分の日の二日後と見立てるらしいのであります。今年は、昼夜の長さが同じになったのは春分の日の三日前でありました。「時正」を彼岸明けの日と捉える見方を著者が選択するのもよく分からないのでありまして、ひょっとすると②は太陽暦で3月30日くらいかもしれないなあと感じさせます。それから①があまりにも外れすぎているので、150日は105日の誤写であるという説もあるそうです。ともかく、謎だらけのサクラ開花日予想マニュアルなのであります。

   そして何より、兼好法師が考えていたのは京都のサクラなのでありましょう。

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