Please sit down calmly.しづかにおすわりなさい。(8)

何となく北日本に前線が掛かっておりまして、東北地方とか北陸地方は梅雨明けしないままでありましょう。関東地方だって、晴れた時期もありましたが、あれは梅雨の中休みと説明されたら、そうだったかもと大方の人が同意しそうで画像あります。七月上旬に晴れ渡りまして、35度を連続して超えた時には梅雨明けしたと思いましたが、昨日の天気なんかを見たら、どこも真夏らしいところはないのであります。それにしても、東京の目黒区や世田谷区に雨が降っても、水源としてはあまり期待できないわけでありまして、どうせ降るなら谷川岳のあたりでお願いしたいものであります。

本日のトマトとキュウリ。大収穫。

もうキュウリは終わったと思ったのでありますが、わずか一晩くらいの間に2本のキュウリが出現しまして、トマトに至っては、ついに房ごと収穫するというような大盤振る舞いのありさまであります。ご近所にも、手入れの行き届いた家庭菜園と認められたようでありまして、嬉しいことこの上ないのであります。留守中にやってきたご近所様が、お父さんの丹精は見事ですねとほめて帰ったそうでありまして、いえいえ先日重い腰を上げて雑草を払っただけなんですが、払った直後に見たら、とても几帳面で努力を厭わない人と見えたかも知れません。実は怠け者で粗忽者で見栄っ張りなだけですから、ほめるのはおとといしていただきたいと思うのであります。

   高村光太郎『智恵子抄』を、うつらうつら読み進めております。「狂奔する牛」。

牛のことなら任せておいてくれと言いたいくらいでありますが、じゃあ実際何を知っているのと訊かれると、さっぱり何も知らない事に気が付くのであります。ただ、牛というものが日ごろは鈍重な生きものでありまして、その目がつやつ画像やと濡れているとか、餌は欲しがるけれども、決して人になついたりはしていないとか、逃げ出すと結構危ない感じだというようなことを知っているだけであります。高さ1メートルくらいの柵があれば、あまりそれを乗り越える気もない動物なのであります。

第三の蝉の抜け殻発見。シダの所。

どうやら、光太郎と智恵子がスケッチなどに出かけた時の話のようであります。狂奔する牛の群れが通過しまして、智恵子がひどくおびえたというようなことを題材にしているのであります。映画やアニメにするなら、結構一場面として使えそうだなあという気がいたします。この詩には「牛」以外のものは特に出て来ませんし、別に牛は何かの比喩にもなっていないようでありますが、「牛」を時代とか、社会とか、世間とか、そういうふうに考えると、智恵子の後の狂気の大本が垣間見えるような詩なのであります。「ああ、あなたがそんなにおびえるのは/今のあれを見たのですね。」という書き出しで始まりまして、途中に「天然がきれいに掃き清めたこの苔の上に/あなたもしづかにおすわりなさい」とありまして、高村光太郎は肝の据わった男として妻をいたわり、やさしく声を掛けているのであります。「梓川」という地名が出て来ますので、なんとなく結婚前の穂高に登った時の話のようでもあり、だとすると回想の詩なのかと思わせるものがあります。もし回想なら、実はこの詩の「狂奔する牛」は何か別のものを暗喩したという可能性があるのでありましょう。

   高村光太郎に自作の詩の解説があれば、容易に解決する問題かも知れません。

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