Plum liquor in a bottle.甘さをしづかに味はふ。(8)

好天が続いておりまして、先月までの台風騒ぎは何だったのかと思うような具合であります。本日のこの地の最低気温が5・7度、最高気温が15・3度でありますから、どちらも平年気温をわずかに上回っておりまして、要するに非常に過ごしやすい一日だったのであります。これが東京の臨海地区でありますと、最低気温が8度から10度くら画像い、最高気温が14度から16度くらいだったようでありまして、やっぱり東京二十三区は冷え込まないのであります。本日は東京都港区の浜離宮恩賜庭園に出かけまして、のんびり散策を楽しみました。日当りのいい松の樹上に猫を見つけまして、猫のほうは迷惑そうに目をつぶっておりましたが、あの広い庭園のどこから侵入し、日が陰ったらどこに戻ってゆくのでありましょう。

樹上の猫の背景は高層ビルであります。

今回が3度目でありますけれども、1度目が30年以上も昔、2度目が25年くらい昔でありますから、浜離宮恩賜庭園自体は昔と変わらないのでありますが、周囲の光景が一変しておりまして、はっきり言って驚愕してしまいました。高層ビルが無粋に立ち並びまして、再開発が進んだということのようであります。20年間不況だったはずなんですが、それにしてはバンバンビルが建ちまして、どうも不況であったことが嘘のようでありまして、世の中欺瞞が満ちているのではないかとふと感じるんでありますけれども、いかがなものでありましょう。不況だったのではなくて、卑怯だったのではないかと言うのは、これは私の庶民としての実感でありまして、庭園の真ん中に立って眺め、カメラを構えて撮影すると違和感がこみ上げてくるのであります。何かこういう庭園を背景にして、つまり借景にしようという魂胆でありますけれども、そちらからはそれでいいでしょうけれど、庭園から見るとがりがり亡者のような印象であります。済みません、ことばがちょっと過ぎたようでありまして、気を悪くしたならご容赦ください。でもね、やり過ぎ、作り過ぎ、お金を借り過ぎておりますぞ。

   さて、高村光太郎『智恵子抄』の末尾の詩「梅酒」であります。末尾にふさわしい詩。

実は、『智恵子抄』の詩の配列は最後のところで乱れております。つまり、それまでは光太郎と智恵子の出会いと結婚、貧乏と発狂、というように時代順に配列されておりまして、制作された通りに配列されておりますが、最後の三つの詩が制作時期を無視して配列されております。ただ、それには理由がありまして、制作時期がもっとも後に当たる29番目の詩画像「荒涼たる帰宅」が智恵子の葬儀前後を扱った詩であるために、順番を前倒しして27番目に配列したからであります。「梅酒」は昭和15年(1940)3月31日の詩でありまして、「荒涼とした帰宅」はその一年後の昭和16年の詩だったのであります。葬儀前後のことを3年ほどしてから詩に書いたということでありまして、それはそれで納得のいくことではないでしょうか。

浜離宮恩賜庭園の猫は松の樹上で昼寝。

智恵子さんが狂う前に梅酒を仕込んでおいたそうで、その梅酒を光太郎さんは二年後に味わいまして一編の詩をしたためたわけであります。智恵子さんは亡くなりましたが、智恵子さんの愛は梅酒に変じて残っていたわけで、よって光太郎さんの心には智恵子さんは今でも生きていて、その愛を静かに味わったのであります。「ひとりで早春の夜ふけの寒いとき、これをあがつてください」と智恵子さんは言い残したそうでありまして、狂いゆく自分を感知し、自分の死後を予見して夫に言い残していったというのでありまして、狂うということのむずかしさがそこにあるのであります。「もうぢき駄目になる」という智恵子さんの言葉も光太郎さんは鮮明に思い出しまして、過去を振り返りながら梅酒を味わったのでありましょう。智恵子さんは駄目だと思った時に身の回りの始末をしたそうでありまして、おそらく残したものは数少なかったのかもしれません。亡妻が残した梅酒というのは泣かせるものでありまして、今年も日本のどこかでそれを味わう男が居るのでありましょう。

   茶屋で熱々の甘酒を飲みまして、ゆりかもめの汐留駅に行ってみましたが、ビルは冷え冷え。

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