Early summer of a beach.九十九里浜の初夏。(9)

雲がかかっておりますが、満月でありまして外は明るい夜であります。明日の夜には雪が降るのではないかと予報が出ておりまして、さて年内に雪が降るのかどうか、そう言えばこの前の冬はどか雪が降って交通機関が乱れまして、新幹線が乗り放題になったなんてことを記憶しております。溶けて流れりゃみな同じなんでありますが、降れば画像それなりに邪魔になりまして、チェーンの装備もスタッドレスタイヤの装備もない都会の車は、ちょっとの雪でてんてこ舞いなのであります。これもいつだったか忘れましたが、ちょっとの雪で転倒する人が続出した時がありまして、都会の人は雪道、凍った道に対する構えができていないので驚いたものであります。あれは、踏ん張っては駄目なんでありまして、踏ん張らないでスカスカ歩くものなのであります。

庭に生えてきた植物。さて、何の木なのか。

この木何の木、気になる木になる、見たこともない木ですから、というようなコマーシャルの歌が浮かびます。毎年、何らかの種がどこかからかやってきまして、大きくなりかけるのであります。その中で柑橘系の樹木が大きくなりましたが、それ以外は鉢に植え替えたりすると寒さで枯れてしまったりしましたので、地面から生えたまま様子を見ることにしているのであります。さて、『智恵子抄』もいよいよお終いの散文のところに差し掛かっておりますが、「九十九里浜の初夏」という短い文章であります。昭和16年の5月に書かれたものでありますが、これは「人生遠視」「風にのる智恵子」「千鳥と遊ぶ智恵子」という三篇の内容と重なりまして、高村光太郎さんが智恵子さんを転地療養させた時の記憶を書いているものなのであります。昭和9年のことですが、詩のほうは翌年以後に書いたものでもあるわけです。回復を願って九十九里浜に行かせてみたんですが、海岸にいるときの様子を見まして、もはや回復など期待薄だと感じた時の絶望がここでのテーマなのであります。夫としては周囲の環境によって妻がどうにかなっていると考えてみたんでしょうけれども、自然の中に妻を置いてみたら何が問題なのか歴然としてしまったのであります。

   トラウマを何度も何度も反芻して文章にしたためるという作業が癒しになったのかどうか。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック