A boundary line of love and play.ぼろすけぼうぼう。(9)

昨夜も氷点下に下がりまして、朝起きた時に暖房が恋しいわけであります。夜明けには氷点下を脱して、あまり霜が降った形跡がありませんけれども、それでもストーブを焚かないでやり過ごせるような気温ではありません。しかしながら、我が家の居間を温めるストーブは、私が起きると灯油切れのことが多いのでありまして、どうやら夜更かしを試みた家族が、灯油が切れるとそそくさと布団に入るようでありまして、どうも始末に負えない性質なのであります画像。怒っているのか、というとそれほどでもないのでありまして、要するに始末の悪い人と言うのは世の中にいっぱいいまして、それに向合って行くのも悪くはないのであります。灯油を入れるのにもコツがありまして、タンクから溢れさせないとか、給油後にしずくをこぼさないとか、やっぱりいろいろあるわけで、始末の悪い人に給油を強要すれば、非常に危険な目にも遭うわけで、やむを得ず氷点下の朝にタンクをストーブから引っ張り出し、ポンプを操作するのであります。

霜を踏んでみた様子。昨日のふわふわの霜。

さて、高村光太郎さんの『智恵子抄』をずっと読み続けておりますが、テキストにしている角川文庫版の『校本智恵子抄』の「補遺」編の3番目に出てくるのは、「梟の族」という詩でありまして、これが本来の『智恵子抄』から漏れたのはすぐに理由が分かります。「ぼろすけぼうぼう」と言うのは、これはフクロウの鳴き声でありまして、言うなれば擬音語なのでありましょう。光太郎さんと智恵子さんの恋愛と言うのは、非常に耳目を集めたようでありまして、新聞に載ったという話もあったのであります。智恵子さんが銚子であるとか穂高であるとか、光太郎さんの旅先に出没しまして、そのことがどうやら世間には奇異に映ったのかもしれません。「君とわれとの心を取りて不倫と滑稽との境に擬せむとす/のろはれたるもの/梟の族、あしきともがらよ」と、まあ二人の恋愛をからかう人に対して真っ向正面から罵声を浴びせかける内容であります。これじゃあ、なかなか純愛詩集に入れるわけには行かなかったでありましょう。「梟」という漢字は普段あまりお目にかからないものでありますが、夜鳴く梟を悪く言う例えにするのも珍しいかもしれません。『智恵子抄』に入れなかったというのも肯けるような気がするのであります。

   フクロウの鳴き声を「ぼろすけぼうぼう」と捉えたのは、光太郎さんの工夫なのかどうか。

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