Alcohol and water are enemies.酒のようなる女が逃げた。(7)

1月8日であります。2014年という年が始まりましてもう一週間以上が経過しつつあるわけでありまして、時間の流れというのは早いものであります。子供の頃というのは、時間の流れがゆっくりしていたのでありまして、日曜日から次の日曜日まではまるで永遠のように遠かったのであります。今は、日曜日があったかと思う間に日曜日がやってきまして、どうしてこんなことになっているのか不思議であります。脳の中に過去の記憶が詰まっているのだとしますと、子供時代は記憶に比べて一日の比重が重いわけでありますけれども、これだけ長生きをしてくると、それまでの記画像憶の容量に比べてこの一日一日は非常に軽いものであります。脳みそが記憶に対して今過ごしている一日の重みを計量しまして、非常に軽く感じさせているのかもしれないのであります。それにしても、一体どれくらい過去を記憶しているものなのか、記憶のありかが本当に分かっているのかどうか、気になりますけれども、さて研究している人なんているものなんでしょうか。

オオキバナカタバミの茂み。まだ花は咲かない様子。

高村光太郎の『智恵子抄』を読み進めておりますが、初版の本編を読み終えまして、角川文庫の『校本智恵子抄』に従って、「補遺」というものを見ているわけです。初版に採用しなかった詩が並んでいるようでありまして、その二つ目の「からくりうた」というわけの分からないものを先日から考えておりますが、さっぱり分からないわけです。省いたんだから分からないのも道理でありますけれども、これには副題のようなものが付いておりまして、それは「覗きからくりの絵の極めておさなきをめづ」と言うものですが、どうやら光太郎さんが智恵子さんの郷里に行ったときに、流行りものをみたまんま詩にしたのかもしれないのであります。「覗きからくり」というのは、調べればそれなりにいろんな情報が出てきますが、大道芸のようなものなのかもしれません。仕込んでいた絵などを覗かせまして、レンズなどに工夫をしておいて、平面的な絵などが立体化して見える仕掛けのようなものでありまして、想像するには万華鏡の手の込んだものであります。この詩には、二本松という地名が出てきまして、さらに吉祥寺というお寺が出てきます。阿武隈川という河川の名前も出てきますから、そのことからすると「吉祥寺」は二本松近郊のお寺のことでありましょう。もちろん、東京の駅名になっている吉祥寺ではなさそうであります。

   わけのわからないものを無理して読むというのも、けっして悪くはないのであります。

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