Burn coal! 泥を凍らせてはいけない。(8)

あまりの寒さに二十四節気の「立春」を疑いまして、思いがけず買っただけで書棚に入れっぱなしの本を読む機会を得ました。『古今集』の撰者たちは春を愛するあまり、春という季節の拡大を狙ったようでありまして、例えば旧年中に立画像春が来ると、そこから「春だ、春だ」と喜んだようであります。もちろん十二月師走は暦の上では冬でありますから、冬の終わりを春だと拡大解釈したわけです。さらに、太陰暦の三月は暦の上では春の終わりなんですが、立夏が四月にずれ込みますと、その立夏の前日までを「春だ、春だ」と狂喜乱舞するわけで、暦に縛られつつ暦の縛りを二十四節気で突破するのを喜びとしていたのであります。

朝日を浴びるドウダンツツジ。

いかに、中国から持ち込まれた暦というものをありがたがったか、そしてその暦が太陰暦と太陽暦の組み合わせによって作られているという秘密と言いますか、秘訣と言いますか、そのからくりを知って不思議に思い、ダブルスタンダードの季節感を存分に楽しんだのであります。現在の日本では、通常の一年は正月から十二月までですが、会社や学校は四月から始まり三月に終わるわけでありまして、同じような感覚は多少は分かるわけであります。春は春でありまして、暦や二十四節気に拘束されないで考えることもできるわけですが、暦にがんじがらめに縛られ、二十四節気で息抜きをしたということかもしれません。Wikipediaに書いてあったことを再び言うのは恐縮でありますが、気象庁などは三月から五月を春としているようでありまして、その一方テレビ局などは編成上、四月から六月をワン・クールとしているわけで、ここにも季節を巡る食い違いと言いますか、齟齬と言いますか、認定の仕方のずれがありまして、面白いのであります。春は春分から夏至くらいまでが適当ではないかなんてことをどこかに書きつけましたが、余計なことをしたもんだと自分で後悔いたします。

   さて、『智恵子抄』の補遺編でありますが、「金」という詩であります。この詩はどうして省かれた?

なかなか、いい詩なのでありますが、これをどうして高村光太郎さんは『智恵子抄』初版から省いてしまったんでありましょう。タイトルがいけないのかと思うのでありまして、これは「きん」ではなくて、「かね」なのでありましょう。「かね」がない、要するに「金欠」というつもりなんでありますが、あまりに直接的過ぎて恥ずかしかったのかもしれません。大正15年(1926)の2月の詩ということでありまして、同じ時期の詩として「鯰」(大正15年2月5日)がありますので、それに比べると今一つ見栄えがしないという理由で『智恵子抄』編纂時に脱落させたのかもしれません。智恵子さんに呼びかけるところに、切実さとやさしさと貧乏の苦しさが息づいておりまして、世間に知られていないかもしれないので、引用してしまいましょう。タイトルは「金」であります。

工場の泥を凍らせてはいけない。
智恵子よ、
夕方の台所が如何に淋しからうとも、
石炭は焚かうね。
寝部屋の毛布が薄ければ、
上に座布団はのせようとも、
夜明けの寒さに、
工場の泥を凍らせてはいけない。
私は冬の寝ずの番、
水銀柱の斥候(ものみ)を放つて、
あの北風に逆襲しよう。
少しばかり正月が寂しからうとも、
智恵子よ、
石炭は焚かうね。


以上でありますが、「工場」は「こうば」でありましょうか。アトリエのことを言っているのかもしれず、「泥」というのは彫塑用の粘土のことかと思うのでありますが、よく考えてみれば、ちっとも分かりやすくないのであります。お金がなくて暖房を切ってしまっていたということのようでありまして、大正時代の終わりの頃は燃料として石炭が普通だったということのようであります。

   分かったつもりでいて、ちっとも分からないという不思議な詩であります。貧乏は寒いのであります。

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