I am pleasant rather. 微笑して其処に居る。(8)

結局本日はこの付近では14・3度まで気温が上昇したようでありまして、暖房の類をまったく点けず、さらにセーターの類の保温性の高い衣類を着ないでも平常心で過ごせる感じでありました。ただし、日が傾いたらもう何となく寒いわけでありまして、決して暖かいというような気温でもないのであります。戸を開け放しまして、とりあえず日の恵みを感じたのでありますが、夕方郵便受けに夕刊を取りに外に出ましたら、室内に戻ってくしゃみがでましたので、もう花粉が出始めたのであります。3日前にくしゃみをした時にはたまたまかと思いましたが、本日のくしゃみは花粉症の症状でありまして、うららかな春が花粉症の対策に追われて楽しめないのであります。35年くらい前に友人の中に盛んにくしゃみをしている者がいまして、間抜けなやつと笑っていたのでありますが、やがて自分も発画像症しまして、透明の鼻水をたらりたらりと垂らす羽目になりました。25年前には、団地の主婦の間に春先にひく奇妙な風邪の噂が飛び交っていると耳にしまして、それって花粉症でしょ、と思ったものでありました。今では結構なお年の方も花粉症でありますし、別に都会にいようが田舎暮らしだろうが関係なく発症するのでありまして、さっさと杉を伐るか、花粉の出にくい杉を開発してほしいものであります。

キャンディタフトの白い花。イベリスとも言います。

さてさて、『校本智恵子抄』(角川文庫)をつらつら読んでおりまして、初版『智恵子抄』に漏れた智恵子さん関係の詩やら文章が採録されているのであります。それを「補遺」と称しておりますが、その補遺編の末尾四つが同じタイトルでありまして、「某月某日」という日記形式を目指したもの、あるいは日記の形式を借りた散文であります。二つ目は「母の死んだ時」という冒頭でありまして、母が死んだ時は死んでいなくなっちゃったという実感があったそうですが、智恵子さんの死によってもたらされたのはまったく逆の感覚で、そこらじゅうに智恵子さんが満ち溢れているというようなことを述べているのであります。これは昭和14年(1939)の1月1日に刊行された『知性』という雑誌に掲載されたものだそうですから、文章の中身は前年昭和13年中に書かれたはずでありますけれども、智恵子さんが亡くなったのは10月5日でありますから、ほとんど妻の亡くなった直後二か月以内に書かれた文章なのであります。この内容は本編の詩に昇華したようでありまして、死者がそこらじゅうにいるという内容は世間を慮って詩集に出すことは憚ったのかもしれません。「むしろたのしいのだ」などと本心をあけすけに書いていますが、その部分だけを見たら誤解されるのは必至であります。最後の締めくくりの一節は「智恵子はいつでも微笑して其処に居る」でありますが、これもオカルトであると断じられたら気分がよくないことでしょう。妻が死んでほっとしたと穿って見ることもできるんですが、読んでいると愛情の濃さが溢れます。

   自分の仕事を見守ってくれていた智恵子さんの死を嘆いていたが、死後も見守ってくれている喜び。


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