"One-Sheet Document"真実がわたくしをうちました。(9)

本日の最高気温の予想が、このあたりでは13度とありまして、まあそれは平年並みであります。それが明日は19度まで行くのではないかと予想されておりまして、さてどんな格好をしたものかと考え込むわけであります。仮に行った先が冷暖房のきめ細やかな調節をしてくれる場所なら、そしてこぎれいな建物だったりすれば、これはもう春物の衣服でいいわけで、後は行き帰りの寒さをしのぐものを上に羽織るんであります。しかしながら、冷え冷えとし画像た吹きっさらしの場所であったらどうなのか、19度という気温を信じていいのかどうか、これまた微妙でありましょう。ともかく、極寒の日々から初夏の陽気にいきなり投げ出される覚悟だけは付けておきたいものであります。19度っていいましても、15度を超える時間はおそらく3時間か4時間くらいのものでありまして、その時間帯だけの外出に限ってはダウンジャケットは間抜けに見えるだけだと考えてよいでしょう。

こんなに黄色が濃いのが水仙だった?

さて、『智恵子抄』以後の詩ということで、高村光太郎さんが昭和20年(1945)の10月に書いたという「松庵寺」という詩でありまして、国家が滅亡しそうな状況で、せっかく疎開した先の岩手県の花巻でも焼け出された光太郎さんは、同じように焼けてしまったお寺の復興に立ち会いまして、和尚さんから法然の「一枚起請文」の話を伺ったようであります。「起請文」というのは、古文書の一形式でありまして、何かを宣誓したりして約束を破ったら神仏の罰を受けてもよいというような建前で書くものであります。法然さんの弟子に勢観房源智という人物がおりまして、これが晩年の法然さんのそばにいたお坊さんでありまして、いよいよ亡くなるというときに遺言を所望しまして、もらったのが「一枚起請文」というものなのでありまして、その要点は「念仏を唱えよ」というもののはずであります。こういうことを書くとよく知っていて書いていると誤解されますが、そんなことはないわけで、信仰心のある方が聞いたら驚くことでしょうけれども、そんなものがあるとはよく知りませんでした。光太郎さんも敬虔な仏教徒というわけではありませんから、終戦直後の混乱の中で花巻の松庵寺の和尚さんから聞かされて心を打たれたのであります。法然が生きた時代は源平の合戦がありまして、世の中は大混乱、法然の専修念仏は世に迎え入れられましたが、旧仏教から猛烈な反対があり法然は讃岐に流されております。だいたい、仏教はインドでは消滅しかけたころで、日本でもそのことは分かっていたはずであります。また弟子の源智は実は平家の血を引く人物でありましたから、子弟ともに時代に翻弄されていたわけで、師匠から弟子に必死の申し送りが「一枚起請文」なのだそうであります。

   灰燼に帰した東京、疎開先も焼亡しまして、光太郎さんは燃え尽きた智恵子さんを想います。

「一枚起請文」がどんなものか知りたく思いまして、『法然上人絵伝』(岩波文庫)を見ておりましたら、下巻のお終いのあたりに詳しい状況がしたためられ、その文章が引用されておりましたので、せっかくですからそれを引き写してお目に掛けたいと思います。もちろん、ネットで検索すればいくらでも出てくることでありまして、屋上屋を架すような愚劣なことをあえてやってみるわけなのです。仮名遣いなどは改めまして読みやすくしますが、これ自体が引用ですから、これをコピーアンドペーストするのはお断りであります。

もろこし我が朝に、もろもろの智者たちのさたし申さるる観念の念にもあらず、又学問して念仏の心をさとりなどして申す念仏などにもあらず。ただ往生極楽のためには南無阿弥陀仏と申して、うたがひなく往生するぞとおもひとりて申すほかには、別の子細さぶらはず。ただし三心・四修など申すことの候ふは、皆決定して南無阿弥陀仏にて往生するぞと、おもふうちにこもり候ふなり。
このほかにおくふかきことを存ぜば、二尊の御あはれみにはづれ、本願にもれ候ふべし。念仏を信ぜむひとは、たとひ一代の法よくよく学せりとも、一文不知の愚鈍の身になして、あま入道の無智のともがらに同じうして、智者のふるまいひをせずして、ただ一向に念仏すべし、云々。

これを花巻の松庵寺の和尚さんが型どおりに読んだと詩にありまして、その静かな淡々とした声を聞きながら、光太郎さんは心を打たれたのだそうであります。光太郎さんは、法然さんについて「仏を信じて身をなげ出した昔の人」としるし、この「一枚起請文」を「おそろしい告白の真実」と捉えているようでありますが、本当にそう光太郎さんの詩を読み取っていいのかどうか、私などには判断が付きません。光太郎さんは法然を智恵子さんにたとえ、自身を仏に画像例えたようでありまして、この場合、法然や智恵子さんは純粋で一途な信者であります。ただ、ご本尊である光太郎さんや仏さんに関して、光太郎さんは信仰を受けるほどの存在かどうか非常にいぶかしく感じているかもしれません。ともかく、この「松庵寺」の最後は次のように締めくくられているのであります。

限りなき信によってわたくしのために

燃えてしまつたあなたの一生の序列を
   
この松庵寺の物置御堂の仏の前で
   
又も食ひ入るやうに思ひしらべました




   

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