It is a crop season of a cabbage now.好きでせう。(5)

今朝の最低気温が11・8度くらいだったようですから、いよいよ10度の壁を破って冬を脱したようであります。平年気温より高めでありまして、日中の最高気温22・3度も平年の気温より高いのであります。たぶん、高気圧に覆われて晴れ渡った時にはこんなものでありまして、こうなるとお天気の心配はなくなりますが、その代り余計なことが気になり始めまして、本来悩むべきことが悩みになったりいたします。真夏と真冬は厳しい暑さ厳しい寒さに対処するのに精いっぱいで、なんだかあれこれ考えることができなくなっているような気がするわけであります。連日35度を超える暑さでは、外を10分歩いただけで汗だく出りまして、それでもって25度を切るような冷房がガンガンか画像かったビルに吸い込まれれば、気分がよかろうはずがないのであります。真冬は真冬で霜柱で飛び石が浮くような寒さでありまして、昼間の気温が5度にも達しない日があったのでは、住んでいる場所を間違えたような気になるわけであります。冬のほうは自分の生まれ故郷が基準でありまして、あの寒さに近いのでは「♪故郷を棄てた甲斐がない」のであります。

おぼろ月 ツツジの咲ける 丘の果て(粗忽)

初句の「おぼろ月」というのは、何に変えてもいいのでありまして、ふと思いつきますのは「しゃれこうべ」であります。「頭蓋骨」と言うと指すものは同じでありますが、印象は随分違ってくるのではないでしょうか。この場合の「しゃれ」というのは、「晒されている」「野ざらしになっている」と言うことでありますから、同じようなことを俳句にするなら、「野ざらしや ツツジの咲ける 丘の果て」などと言うのがいいのかもしれません。「ツツジ」というカタカナ表記は味がありませんので、たぶん俳句をたしなむ方は「躑躅」などというおどろおどろしい表記の方を好むのかもしれません。そうなると「しゃれこうべ」だって「髑髏」と書いてこれを「しゃれこうべ」と読ませたりするものかもしれないのであります。お月さんを見ていたら、何となく頭蓋骨を見ているような気がしましたので、そういうことを表現して見たくなったわけです。そうすると最終的には「髑髏 躑躅の咲ける 丘の果て」となるわけですが、そうすると何となく後半が軽すぎて、句のバランスが悪いような気がするわけでありまして、最後の所を「磨崖窟」などとすると、もはやわけの分からないおどろおどろしさの極地かもしれません。「まがいくつ」でありまして、断崖絶壁に仏像を彫りこんだりするところであります。ネットで検索しても「磨崖窟」でストレートに出て来るものがありませんので、本当にそんな言葉があるのかないのか分からないというところが心配は心配であります。また、「髑髏」を「しゃれこうべ」というのは読みとしては相当無理がありそうであります。ともかく、辿り着いた結果は、「髑髏 躑躅の咲ける 磨崖窟」となりまして、漢字ばかりの駄句そのものでありますね。そう言えば、故郷で磨崖窟に彫り込まれた仏像群を見に行った記憶がありまして、見た時は10歳くらいの子供でありますから、何のことやら理解しなかったのであります。いい加減な俳句を出まかせに考えた結果、記憶の底から大切なものが浮かび出たようであります。

  されかうべ つつじの咲ける 磨崖窟(粗忽) ふるさと棄ててし かひもなき身は(粗忽)

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