It is a crop season of a cabbage now.好きでせう。(7)

「タンポポ」は「タンポポ」でありまして、物心の付く前に刷り込まれてしまった言葉のはずですから、それをあえて辞書で引くとか、百科事典を調べるとか、そういうことをしたことがなかったのであります。言葉と言うのは不思議なものでありまして、そこに物が存在しまして、それを指さして教えてもらったり教わったりして言葉を覚える場合があるものであります。犬とか牛とか花とか雲とか、そういうものはいつの間にか教えられ教わり、そしてあまり間違えることなく使い続けているようなものであります。ただし、本当に教わったのか教えられたのかは分からないのでありまして、自分が子供を育てるときのことを考えて、自分が子に教えたように自分も親から言葉を伝達されたりしたんだろうと想像するだけであります。やがて、本を読んだりしますと、言葉が先で、後から物を確認することがあります。知っている言葉の中には、肝心の物のほうと結びついていないことがありまして、たとえば「ヒナゲシの花」画像というのは歌謡曲で知った言葉ですが、実態を知ったのはほんの二年か三年前でありまして、まさか花びらが4枚だけとは知りませんでした。「タンポポ」の語源と言うのはよく分からないようでありまして、しかしながら日本中で同じでありまして、「ふじな・ぐじな・むじな」という別名が昔あったそうでありますが方言としてのこっているというほどのこともないようです。「たな」というのも古語らしいのでありますが、これは「タンポポ」の「たん」の所のもとのようであります。

されかうべ ギボウシ茂れる 丘の果て(粗忽)

妙だなと思うのは、小学館の『日本国語大辞典』(第二版)に「たんぽ」が出ておりまして、これは綿なんかを丸めて布で包んだものでありますが、これが形状から「タンポポ」の綿毛の様子から名付けられたのではないかと書いてあるのであります。つまり「タンポポ → たんぽ」でありますけれども、何の証拠があってそんな類推をするんでありましょう。これは当然逆だって成り立ちそうでありまして、「たんぽ」に似ているから「タンポポ」って成ったんだと主張すればできてしまいまして、世の中の語源解説などというものはほとんどあてずっぽであります。江戸時代の人は盛んに語源を言いまくっていたんですが、それを大きな辞典が漏らさず掲載するものですから、国語の先生としてテレビなどに引っ張り出された人はまことしやかにそれらを語るんですが、語るに落ちると言うか、ほとんど騙りであります。詐欺行為ってことです。嘘八百。たぶん「万葉仮名」の研究が進んで、古代では母音などが今より数多く認識されていたらしいと分かった段階で、ほとんどの語源説は沈没したはずなのであります。にもかかわらず、今でも語源がもてはやされるというのはどうかと感じるわけです。需要があるから供給するだけでありまして、いかがわしいことおびただしいものであります。Wikipediaを見たら「たんぽ」の語源を「短穂」とか「打包」とかまことしやかに当て字をしておりましたが、「短穂」は重箱読みでありまして、きっと「穂」の音が「スイ」とは気が付かない人の当て字であります。「たんぽ」は「短穂」だよと言われて、一瞬なるほどと思いましたが、たぶんまったくの当て推量で書いた記事のようです。嘘をついているわけで、盗人であります。ちなみに、中国の「百度百科」で「蒲公英」を検索してみましたら、これはちゃんとした中国語ですから出ております。ただし、どういうわけか黄色い花の写真をほとんど掲げないのでありまして、白い綿毛の写真ばかりが提示されております。何ゆえ?

  たしかに、キク科の植物としてみると花は珍しくないのですが、あの丸い綿毛は特徴的かも。   

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