I can't use a impersonal initial.漱石『こころ』を読む。(7)

オハイオ! って間違いました。おはようございます。オハイオはアメリカ合衆国の州の名前でありまして、州都はコロンバス、北辺がエリー湖でありまして、東にペンシルバニア州、西にインディアナ州、北がミシガン州でありまして、そいでもって南東はウェストバージニア州、南西はケンタッキー州に囲まれております。オハイオ州で耳にすることがある都市の名前というのは、シンシナティとクリーヴランドくらいでありましょうか。朝の挨拶をするときに、一度は言ってみたいと思う州の名前がオハイオでありますが、そう叫んでも怪訝な顔をされるのが落ちであります。きっと。アメリカ合衆国と言うと、首都がワシントン、大都市はニューヨークとロスアンゼルスと決まっておりまして、後はラスベガスくらいしか世間の話題には出てこないのであります。広大な国土でありますから、鄙びたところは鄙びたところで、日本人なんか見たこともない田舎もたくさんあるだろうと想像されます。いつだったか、シカゴ・ブルズを率いて何度も優勝し画像たヘッドコーチ、フィル・ジャクソンさんの故郷のバスケットボール事情を伝えるドキュメントを見ましたが、過疎地で一つの高校ではチームが作れないので、延々何十キロも出かけて合同チームを作って大会に参加するというような話でありました。そういうところから出てきた人が頂点を極めるというのが、何とも夢のある話であります。それは、カナダと国境を接しているモンタナ州かノースダコタ州のことであります。オハイオとは何の関係もありません。

ザクロの若葉が出てきたようです。

夏目漱石先生が、ちょうど100年前に書いた小説『こころ』でありまして、夏の鎌倉がドラマの始まりの背景となっております。明治時代になる前は、鎌倉は寂れに寂れ、今の鎌倉市の市域はすべて村だったようであります。明治のどこかで合併によって鎌倉町が成立して、地理的な要因が大きかったんでしょうけれど、東京郊外の保養地のような位置を占めまして、西洋風の海水浴が新しい風俗として導入されまして、日本に来ていた西洋人やお金持ちが避暑を楽しむ場所になっていたようです。金持ちの地方出身の友人に誘われて、主人公も招き寄せられまして、お金を工面してやってきたんですから、それはもうぜひとも言ってみたいハイカラなところだったのでありましょう。帝大生と思われる主人公は、そこに集う海水浴客がやんごとない人たちであることはよく分かっておりまして、その中の一人の大人に見覚えがあるような気がしまして、次第に執着するわけであります。旅先の非日常でありますから、その心理を描くことで、ドラマとして成立させようと図ったわけであります。『智恵子抄』を読んでおりましたら、生粋の江戸っ子である高村光太郎さんは、どちらかと言うと銚子であるとか房総半島に行ってしまいますので、地位や境遇によって鎌倉に出入りする人と鎌倉を避ける人があるようです。光太郎さんと智恵子さんの披露宴は100年前の年末です。やがて鉄道が整備されると、鎌倉よりは伊豆が保養地として人気になりまして、例えば北杜夫さんの祖父である斉藤紀一さんは、伊豆に別荘を持っていたことが知られております。夏目漱石さんが英国留学を切り上げて帰国する時、同じ船に精神科医の斉藤紀一さんが同船しまして、そのことは漱石発狂のせいだと家族は思ったそうです。漱石も晩年は伊豆で療養しますから、漱石の世代はもう伊豆に目が行っていたころなのでありましょう。一世代上の別荘地が鎌倉なのであります。第3節は、岩波文庫だと一行40字で39行ありますから、おそらく20字×20行の四百字詰め原稿用紙なら原稿用紙4枚でありましょう。案外少ないとも言えますが、これをコンスタントに110日続けるのは至難の技かも。

   いやはや、毎日原稿用紙2枚だった計算になりますが、一週間で14枚、一か月で60枚。ふむふむ。

   

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