He despised himself. 続・漱石『こころ』を読む(4)

夏目漱石の小説『こころ』を読み進めておりますが、その舞台である雑司が谷に夏目漱石さん自身が眠っております。雑司が谷霊園と言うのは、池袋から護国寺に至る道路と、池袋と高田馬場に至る明治通り、そして護国寺から目白台に至る不忍通り、そして目白台から目白に至る目白通り、それらに囲まれた区画の中にあります。明治通りよりは、都電荒川線を持ち出したほうがいいくらいでありまして、都電の線路に一部の区画が接していたりするはずであります。一番南側の入り口からほど近いところに漱石さんのお墓がありまして、真ん中あたりに竹久夢二のお墓がありますが、30年くらい前には丸い石がごろんと転がしてあるようなお墓だった記憶があります。一番北にある出口のそばに物集家のお墓がありまして、それはまあ雑司が谷霊園としては普通のサイズのお墓画像であります。この小説の「先生」が毎月墓参に行くお墓がどの辺にあるか、どの辺にあると設定したのかは分かりませんが、地方出身のKのお墓を誰が建てたのか、そこのところは最後まで出てこないような気がします。つまり、私と称する学生さんには探求心がなく、あとで遺書を残す先生もそういうことを明かす気のない人でありましょう。第7節になると、もう雑司が谷霊園の話は出てこないのであります。

埼玉県春日部市にある牛島の藤。

樹齢が1200年とありまして、だとすれば平安時代のはじめくらいから延々と生きてきた植物と言うことになります。その間枯れることなく、掘り取られることもなく、ずっとこの地にあったということなのでありますけれども、関東平野の真ん中でありまして、古い利根川の流域に位置していたもののようです。「古利根川」という川が流れておりまして、群馬県に発した利根川が東京湾に注いでいたころの名残の川のはずであります。今は利根川とは断絶しておりまして、まったくの農業用水路になっているようで、要するに水量などを管理して使っているということのようであります。よって、広大な河原があったりはしないようでありまして、その辺は荒川なんかとは雰囲気が違うのであります。”Wisteria floribunda”というのが日本の藤の学名のようでありますが、”Wisteria”というのが藤を指す英語でありまして、NHKのBS1でしばらく放映していた、『デスパレートな妻たち』というのは、”Wisteria Lane”(ウェステリア通り)という架空の通りのご近所さんを描いたドラマでありまして、しかしながら藤の花なんて出てこなかったような気がします。

    通りの名前と言うのは記号でありますが、春日部市には「ふじ通り」があって藤棚がある様子。

『こころ』の第7節は、主人公が先生の家に毎週のように通うようになったという話でありまして、先生が「私は淋しい人間です」なんてことを言いまして、要するに孤独で世の中に地位を占めていない高等遊民の人物であることが明らかになってくるのであります。現代ならニートでありまして、明治時代末年ごろの学生さんが、一世代前の明治初期に高学歴だったけれども出世の糸口を逃した人の家に入り浸るようになったという状況が明らかになるのであります。当然ながら、流行作家となった夏目漱石さんとは全く違う人種でありまして、こういう「先生」の存在画像が連載当時はミステリアスで、読者を牽引する魅力的な人物だったんでありましょうか。明治の末のころに、避暑地として鎌倉を選び海水浴を楽しんでおりまして、西洋人とも会話のできるような人物ですから、どこかに職を持つ方が自然であります。問題なのは、「先生」と言う言葉の陰に隠れて、先生の年齢がよく分からないことでありまして、案外若いのかもしれないのであります。

五分咲きくらいの藤の花。春日部市牛島の藤花園。

さらに曖昧模糊としているのは、ここまで主人公が東京のどのあたりに住んでいるのか、あまりはっきり明かされていないところでありまして、実は大学名だって分からないのであります。これを、三人称体の小説にして具体的なデータを上げて行ったら、きっと雰囲気はがらりと変わることなのでありましょう。雑司が谷霊園に歩いて参詣する範囲と言うのは、本郷の東京帝大から雑司が谷の手前の音羽・護国寺まででありまして、そのあたりを何となく読者に察知してもらうつもりだったようであります。主人公の「私」というのが、田舎出の秀才でちょとぼんやりとした好人物と言う設定ですから、鋭利に物を観察する力に欠けておりまして、そういう人物の視点で「先生」という孤独な人物を描いて見ようとしたのでありましょう。この作品は、最初はいろんな短編小説を書く予定だったようでありまして、短編集の総合タイトルが『こころ』だったようです。その最初の一編が「先生の遺書」というタイトルだったようで、書いているうちに分量が増えてしまって、出版するときに三部に分けて、上巻が「先生と私」というタイトルに落ち着いたようであります。これで分かるのは、『こころ』というタイトルを、この作品と密接に考えすぎては駄目だということでありまして、この作品の本当の名前は『先生の遺書』なのであります。だとすれば、最初から自死したことがほのめかされているわけで、もう死んじゃった人のことを回想しているのは明らかなのであります。

   先生の大学の同期は東京にはほとんど残っていないというような話も出てきます。どういうこと?

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