I walked around aimlessly.いざ、漱石『こころ』を読み通す(9)

さて、本日も暑い一日となりましたが、雑事の後始末に奔走しまして、貧乏暇なしとはよく言ったものであります。南湖神社で引いたおみくじは大吉でありまして、それもよく諸事が当たっておりまして、そういう場合には私は神社の境内に結んだりはしないで、お財布に入れて持ち歩くことにしているのであります。もちろんそれは、神社の発注によって業者が印刷して折り畳み、おみくじ箱の中に放り込まれて時を待ち、参詣客が穴に手を突っ込んで画像つまみ出して初めてお金になるものなのであります。要するに、誰かの意匠が反映していて神様とは関係ないのでありますが、そういうこととは別に神意をうかがうということはあってもいいかもしれません。大吉の場合は、必ず浮かれるなよ、好事魔多しに近い戒めが書いてありまして、それはそれで長年各地の神社で磨かれた文言がしたためられて有益であります。

おとといの南湖神社あたりの百合の花。

宵闇が迫っているときの撮影でありますが、ピントはちゃんと合ったようでありまして、本日我が家で撮影したポンぼけ写真よりはましなのであります。我が家の周辺は本日の最高気温が午後1時の36・0度あまり、その後夕立が降りまして、気温が10度くらい下がりまして、午後3時の気温が25・8度となったのであります。それから一時間後くらいに駐車場を見ましたら、猫が真ん中で堂々と寝そべりまして、体をいたわっているのが見えたのであります。少し近寄って猫語で「どうかね、涼しいかね」と聞きましたら、全体に黒々としたシマ猫は、「ええ? しゃべれるの?」という顔をして、寝ている位置を少しだけ変えましてそのまま寝そべっておりました。雨に打たれて少し冷えたアスファルトが気持ちよかったようであります。
 
  さて、例の『こころ』でありますが、下巻「先生と遺書」第44節・第45節。

若い日の先生は、どうやらその若さのゆえに誤解をしたということが書いてありまして、友人の「覚悟」というのを、後に生じる事件の様な覚悟ではなく、お嬢さんをくれろと下宿屋の奥さんに交渉するという覚悟ではないかとおも画像ったらしいのであります。そこで、先生は策を弄して先んじようとしたのでありまして、そのために仮病を使い、誰もいない時に奥さん相手に結婚の申し込みを図ったわけでありまして、それはもうすんなりと話がまとまったのであります。そうなってみると、友人をあっさり出し抜いた流れの良さにかえってあっけないわけでありまして、あとはお嬢さんの耳にいつ入るかというような心配だけなのであります。

トマトの花は黄色い色をしております。

先生だけが把握している三角関係でありまして、その利点を生かしながら、いろいろと動いたわけで、この狡さというのは、おそらく故郷の叔父さんと同じものなのであります。亡くなった兄の財産を流用していたあの叔父と同じ狡猾さなんですが、そんなことは本文には書いてありません。叔父さんから裏切られたとしてしっかり反撃に出て、田舎の財産を処分した先生でありますから、実は物事を性急に処分するのは得意なのであります。この小説は一人称の独白体ですから、そういう意味では先生を誹謗中傷する視線に欠けておりますが、実際には独りよがりな人物でありまして、そのことは霊園への月参りを主人公が追いかけてきたときに色を成して怒ったところなんか、まさしく性格の欠点を顕わしていたのであります。きっと、漱石さんは誰かの本質をこんなふうに観察し、それを生かして語っているはずです。

  遠目に見ていたら人の欠点は明らか、この先生はとてもケチなのです。

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