Only I know all.ついに漱石『こころ』を読み通す(6)

もう八月でありますか。時の経つのは早いものであります。旧暦で言うと、本日は7月6日に当たっているようでありまして、間もなく上弦の月であります。本当なら明日が七夕でありまして、この天気なら天の川も見えるのかもしれません。あと一週間ほどすると立秋でありまして、今年は涼しくなるというような予報もあったはずなのに、これから一週間は35度まで気温の上昇する猛暑日が続くという予報でありまして、何だか予報なんかいらないような気がしました。3か月くらい前には気を持たせまして、涼しい夏になるでしょうと涼しい顔で言い、いざ夏本番の暑さになったら熱画像中症に気を付けましょうと暑苦しく言うわけで、それって日常会話にも劣っているのであります。もちろん、そういう自覚のもとに、日ごろは惰性で予報をなさっているはずなのであります。もう、雹が降るとは言わなくなりましたね。喉元過ぎれば熱さを忘れる、というのを地で行くわけで、こうした予報にどれくらいの予算を費やしているのか、きっと大枚はたいて予報してもらっているのでありますから、世の中のんきなものなのです。

セミの抜け殻。空蝉。ぜんそくの特効薬?

ジーと鳴いたり、いきなり樹木の蔭から飛び出したり、セミというのは落ち着きのない昆虫の代表であります。地上に這い出て一週間の命というのはすごいものがありまして、人間もこうだったら始末が要らないかもしれません。『こころ』の下巻・「先生と遺書」も第50節になりまして、文庫本もお終いがそこであります。遺体を始末し、故郷に電報を打ち、そしてお墓を本人の生前の希望に従って雑司が谷霊園と定めたのであります。本人の希望は、先生が日ごろの散歩の時に友人から聞いたということを言いましたので、友人の父や兄も同意したというのであります。友人「K」の父親は僧侶のはずですから、本来なら故郷に埋葬すべきですけれども、どうしてそうなったのか。そのあたりが不自然でありましょう。気になったのは、このころ電気がなかったのか、ランプで遺体を照らす場面がありまして、そういう時代だったようです。雑司が谷は友人と二人でよく散歩したと先生が語りますが、確かに高台でありまして、崖下に日本女子大があるという位置関係であります。日本女子大の寮は崖の上にありまして、その寮の西北に雑司が谷霊園が広がっているはずなのであります。

   お墓を自分の手の届くところに定めたことが、実はよくなかったかも。

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