I accomplished the impossible.やれやれ『こころ』を読み終えた。(7)

私は父の最期に間に合った。父はもう意識のない状態で冥途への道を歩きかけていたようだが、私が戻ったことを盛んに母が訴えると、父はかすかに頭の位置を動かすそぶりで、声はよく聞こえなかったが、その時傍らにいた兄の話では「卒業式は済んだか」というようなことを言おうとしていたというのである。卒業証書を持ち帰ったのを見て歓び祝宴を開こうとしていた父であったから、それはもう混濁した意識で何かを言っているのは間違いなかったが、その場に居合わせた親類縁者の涙を誘うには充分であった。葬式は兄が仕切って滞りなく万事が済み、身重の妹も参列していたから、一家の主が寿命が尽きて家族に見送られたことでもあり、傍目には申し分のない幸せな一家と見えたかもしれない。父の死は、充実した人生の果てに訪れたやむを得ない不幸であって、弔いに訪れた遠縁の物や生前父と交際(つきあい)の有った人たちの中では、今回の葬式は、受け入れがたいところの画像ない極々平凡なものだったのであろう。話題はむしろ、明治天皇に準じた乃木将軍のことであった。母も兄も、聞かれれば父の最期の様子などを丁寧に語り、また大学を出たばかりで就職のために東京を往復する私が、父の臨終に間に合ったことなどを倦まず語って、私を困らせはしたものの、私の間抜けな東京行きが真相とは裏腹の美談となって、それ以上の詮索の余地を与えなかったのは悪くはなかった。

おや、もう一匹アゲハの幼虫がサナギに。

葬儀の後も、私はしばらく居残って、母に代って父の死後のいろいろな雑務をこなしたけれども、一度先生の奥さんからお見舞いのはがきが舞い込んだが、先生のその後に関する有力な情報は得られていない様子だった。例の遺書は私の下宿の文机の中にしまい込まれたままになっているが、あの遺書の存在を奥さんに伝える気にはとてもなれないでいた。約束を守るためには、あの遺書を封印するしかないのだ。先生が遺書に書いたことと現実の突合せをするためには、先生が最も恐れた奥さんの記憶を汚すという行為が必要であったし、それにまた多少の疑念はあるにせよ、先生の記したことをすべて覆すような新事実が容易に出て来るものでもないと何となく直感していたのである。愛するものを得るために友人を欺いたことが、愛するものとの生活を著しく困難にするというのは、思えば切ない苦しいことに違いないわけで、私は先生が私に約束通りに秘密を開陳してくれたことに深い敬愛を抱きつつ、父の葬儀を無事執り行えた余裕で先生に対する同情の念を強くした。私が鎌倉で出会った時の先生の心のありようを思うと、自分が見て聞いて考えていたことを先生の立場に立って見渡すことになるわけだが、何も知らず幼稚な敬慕を抱いて先生に接近したことが、愚かしくもまたいとしくも思われたりした。実家の財産に関しては、兄との相談通り、実家から遠くにある田畑についてはその近辺の親類に託して、多少の地代を私の東京での生活に充ててもらうことができた。秋も深まって、葬儀の思い出を語ることが少なくなった頃、私はいつかのように東京に戻ることになったが、あの時とは違って妙にずっしりと重い風呂敷の中身は持たず、気楽に汽車に揺られることが出来た。(続く)

   書くだけは書いて見ておりますが、もちろん蛇足ですから飽きてきました。

台風は行ってしまったのでありますが、空は曇り、気温はぐっと下がりまして、その点では恵みの台風であったようですが、川が増水して氾濫のしたところがおおかったようであります。竜巻被害も各地で報告されまして、台風の通過したところから離れたところが危ないという教訓が残ったのであります。ニュースを見ておりましたら、山の森林管理の話題が出ておりまして、間伐しないものですから、森が日が射さない、それで下草が生えない、自然林が育たない、そこに大雨が降ると土砂が流出し、砂防ダムがいっぱいになって機能しない、治水機能を期待さ画像れるダムが土砂で埋まり、雨水がそのまま下流に流れる、氾濫する、というようなことであります。風が吹けば桶屋が儲かる、というような感じではありますが、それよりは分かりやすいのでありまして、分かりやすすぎるのに対策ができないことが問題でありましょう。まあ、10日間で2000㎜降るというような雨に対策が有効かどうかはともかく、山をないがしろにして下流域の幸福はないということでありまして、こまったなあとため息をつきました。

曇っていて低温なので、クレオメが元気。

山の保水力の問題らしいのでありますけれども、要するに下草が生え、そこに本来自然に生える落ち葉が出るような樹木が育てば、そういう植物の根っこの力で、相当大量の水分が貯め込めるといういうようなことなのであります。どんとダムを造れば万事解決かというとそうではないわけでありまして、貯水池を従えたダムも土砂に埋まれば、これはただの滝がそこにあるだけで、降った分だけ下流に漏れて行くだけの事。浚渫すればいいじゃないと思うのでありますけれども、今時の世の中で土砂を取り除くのにかかる莫大な予算がどこから出て来るのか、ちょっと無理ではないかと思うのであります。こうなると、下流域が5万人や6万人ならもう住むのをあきらめようということになりはしないのか。なるだろうなあと危惧するわけであります。ニュースに出ていたのは徳島県の南部でありましたが、以前にも大雨で氾濫したそうで、にもかかわらず10年余り放置されていたという取材であります。誰かが悪いというよりも、これからの重大な課題なのでありましょう。

  ダムとかダム建設というような事には、ちょっと気に掛かることがあります。

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