I accomplished the impossible.やれやれ『こころ』を読み終えた。(12)

昨日は、終戦記念日だったそうであります。初めて知った日を思い出そうとしても、うまく思い出せないほど分かり切った日でありまして、忘れようもない日であります。敗戦記念日じゃないの、ぼろ負けしたくせに、という突っ込みはもう昔のことであります。終戦・敗戦が歳時記の中に入り込みまして、新聞やテレビはここぞとばかりに平和の誓いというものをアピールしますから、表面上はたいへんにぎやかでかまびすしいのでありますが、さて実態はどうなのか。明治維新で鎖国をやめて開国に舵を切りまして、近代国家の道をひた走ったんですが、日清戦争・日露戦争で近隣の大国に勝ちまして、さらにはヨーロッパを舞台にした第一次大戦を高みの見物でやり過ごしまして、そのことがやがて暗転するとはだれも思わなかったんじゃないか、と疑うのであります。どうも歴史に疎く、そして戦争に疎いものですから、ぼんやりとあれこれ考えているんですが、戦争に関する話はほとんど知らないのであります。軍需工場に動員されていた父画像が、保土ヶ谷で空襲を受けた工場を見たという話でありまして、どうも砂糖の精製工場だったようで、砂糖が火で融けてもったいなかったという話であります。伯父が南方から帰還しましたが、近所の顔見知りは亡くなったそうで、そちらのお母さんが私の祖母に、どうしてうちの子は帰ってこないのかと責められて困ったそうであります。聞いたのはそれくらい。

風でサルスベリの花弁が大量に落ちました。

『こころ』というのは、夏目漱石の100年前の小説でありまして、朝日新聞に大正3年(1914)4月20日から8月11日にかけて、110回連載したものであります。一回の連載の分量が400字詰め原稿用紙4枚でありまして、途中3日ばかり休んだだけで、ほぼ休まずに連載したもののようであります。そこで、毎日一節ずつ読んでみようと初めまして、途中だれることなく読み終えました。面白かったのかというと、さほどではないのでありまして、それは真冬に角川文庫版で一回読んだからでありましょう。通しで読めば半日で読み終えるような中編小説ですが、毎日少しずつ読むと、物語がしっかりと立ち上がってきまして、それなりに登場人物の風貌までが浮かんできたのであります。8月8日に読み終えまして、そのあとで自分なりの疑問を晴らすべく、主人公に成りすましまして『こころ』の続編を書いてみました。漱石さんの原作を読んでいておかしいと感じたのは、友人「K」が自殺した後で、そのお墓を先生の主導で雑司が谷霊園に定めたところでありまして、友人の実家は新潟のお寺さんでありますから、父も兄もお坊さんなのに先生の言うことを聞いてお墓を作るというのは、はっきり言って解せない話でありましょう。どうも、死んだのが「K」の方ではなく、実は両親に死なれて叔父に裏切られ故郷を棄てた人の方だと考えると、雑司が谷霊園に葬るのは自然だと思ったのでありますけれども、そうなると先生の遺書というものを、作為的な偽りの書と考える必要が出てきました。先生は、どちらかといえば求道者の様な「K」がふさわしいのであります。主人公が先生のことをイニシャルで呼ばないのは、呼べない理由が必要でありまして、それが先生の正体は「K」であるという考えになるんですが、そうなると見事に冒頭に接続しまして、先生の不審な行動や興奮のありかたが分かるような気がします。こうした突っ込みを試みてしまって気が付くのは、みごと漱石先生の手玉に取られたわけで、ある意味脱帽であります。もしかして、昔からある読み方をさも自分が見つけたごとく言っているだけかも知れません。世の中は、コピーアンドペーストの時代ですから、このブログもきっとその仲間のはずです。

   もちろん、遺書を疑う読み方は邪道でありましょうけれども、結果的に面白いのです。

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