We will get more Olympic. 東京五輪・近日入荷!(6)

たまたま、物の弾みでオリンピックのことを書いておりますが、何かちゃんと調べたとか、腹に一物有ってものを申そうとか、そういうことではありません。昭和15年(1940)に東京でオリンピックを開催してみようと日本人か、あるいは帝都東京の人々が昭和初期に考えたとして、それなりの成算があってのことだったのでありましょう。昭和40年代、つまり私が子供のころに学校に行っておりますと、どうやらアメリカとソビエトが張り合っているということが分かりまして、両雄のせめぎ合いがあるようなんですが、日本はアメリカの傘の中にいるらしいとも分かりました。アメリカは自由主義の親分で、ソビエトは共産主義の親分のようで、世界は二分されていたのであります。日本はアメリカの子分で、実は親分に喧嘩で負けたらしいのでありまして、不承不承子分をしているだけなもんですから、老人はずるく立ち回ることだけを考え、若い者はそれに反旗を翻して革命を起こしたがっているというのは分かったのであります。よって、戦前は軍国主義であり、封建的であり、老人は無知蒙昧、古臭いものは見向きもしないという風潮でした。実は昭和10年くらいが画像豊かでありまして、そこで蓄積していた富を戦争で使い果たしたようで、回復するのには20年くらい時間がかかったのでありましょう。分かっている人は分かっていたんでしょうけれど、どうも昭和25年以前が暗いトンネルのようになっていて、世間が過去を抹殺したがっているような雰囲気だったのであります。子供の頃の気分を申し上げております。

何故かシャリンバイが開花し始めました。

平和がどうのこうのと叫ぶ方は、戦争のことがよく分かっている人でありまして、しかし戦争中が戦争だけの世の中だったのか、そこが分からないのであります。映画関係者というのは、実は満州あたりに出かけた人が多かったはずで、そこから命からがら逃げてきた人が多いわけでありまして、植民地拡大に乗っかって出かけまして、散々な目にあったのでしょう。よって文化的な方面の方は、当然の如く平和を叫ぶわけでありまして、そうでなくても満州などにいた人は財産を失ったのでありますから、戦争に乗せられて損をしたのは間違いないのであります。戦前も戦後も生活に変化のなかった人がいたら、必ずしも平和を叫ばないしのかもしれないと思うわけです。平和を叫ばないからと言って、戦争が好きとか軍国主義を肯定しているとかそういうことはここでは言っていないのであります。身内にも満州に渡った人がいたはずでありますが、しかし苦労話を直接聞いたことはないのであります。言わなかったのか、言えなかったのか、言うほどのことがなかったのか、私にわからないと思っていたのか、そのどれかでありましょう。近ごろ小耳にはさんだのは、国内の経済格差の話でありまして、貧富の差が極端になると戦争が生じるということでありまして、戦争が格差を解消してしまうらしいという分析があるのだそうです。戦争が生じないためには、ある程度富の分配を上手にしなければいけないらしいのです。ふむふむ。一部の人だけが儲かるだけのシステムは、要するに破綻をきたしやすいのであります。儲けのためになら何でもするとなると、おそらく戦争は絶好の機会でありまして、他国を侵略するのは当然なのであります。武力で征服したら大儲け、何倍もの富を手に入れようとして、欲望は尽きるところがなく、そして破滅への道であります。戦争は、勝つか負けるかのギャンブルでありまして、オリンピックよりも戦争を選んでしまったのが、昭和13年(1938)の真実なのでありましょう。

  武器を浪費するのにも経済力が必要でありましょう。意地で戦争する人はいないはず。

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