I accomplished the impossible.やれやれ『こころ』を読み終えた。(1)

台風が直撃するそうでありまして、その前触れとして各地で雨が降っているようであります。前線のかかっているところへ、台風が北上しますと、これはもう大雨になるわけでありまして、そうなると日ごろはちょぼちょぼ水が流れていた川岸の風景が一変するのであります。要するに本来の川の姿が表われると言いますか、岩がごろごろしていた河原などは、それが岸辺などではなく、何十年か、何百年か、もっと昔の大雨の時に流れ着いた岩であると知らしめるのであります。キャンプをするのは夏の楽しみですが、しかしテントを川岸に張ってお泊りするのは画像まずいことでありましょう。山へ行って、谷間にテントを張るのも同じであります。晴れた昼間の数時間、バーベキューをするくらいは結構ですが、夜になってテントの中で安眠していたら、朝には生きていないかもしれないということは覚悟しなければなりますまい。本能と知恵を失えば、人は生きては行けないものなのであります。気の毒な事なのです。

シダにからむ空蝉。背景はニオイシュロランの幹。

いつ頃が一年で一番暑いのかと思いましたら、まさしくこの時期でありまして、それと原爆投下、戦争終結が結びつきまして、本来ならひっそりと炎暑を避けて心静かに生き残りをはからなければならない時期に、戦争関連のニュースにあまた晒されることになります。これが4月だったり、10月だったらどうなのかと思うわけですが、どうしてもこの時期に集中してしまうのであります。気象庁のサイトに参りますと、1981年から2010年までの気温などの記録を見ることができまして、30年平均ですから大変に参考になるわけです。これによると、私の現在住んでいるあたりの最も暑い時期がよく分かるのであります。まず、一日の平均気温が最も高いのは、8月4日から8月8日にかけての5日間でありまして、これが27・0度となるのです。確かにこの一週間は水で充分シャワーを浴びることができました。ちっとも冷たくないのであります。次に、最高気温の30年平均が一年でも最も高いのはいつかと言うと、これが8月2日から8月8日までの7日間でありまして、32・0度なのであります。切りのいい数字が並びますが、これはたまたまでありまして、一覧表を見る限り前後は26・9度や31・9度なのでありまして、わずかに高音の日々が8月上旬に続くわけであります。最低気温の30年平均が一番高いのは、8月3日から8月11日の9日間でありまして、これが23・2度なのであります。これを見て分かるのは、平均がこういう気温でありますから、最低気温が26度くらい、最高気温が35度くらいと言うこの数年の気温がどんなに高いものか分かるということなのです。

   さて、昨日で漱石さんの『こころ』を読み終えましたが、さて、感想は?

江戸時代が終わりまして、明治時代ということになるわけでありますが、大きな違いは何かといえば、幕藩体制と言うのがある意味連合国家であったのと違って、中央政府で一元管理をもくろんだということでありましょう。優秀な人材を中央に集めてこれを官僚にして全国を一律に管理できたら、こんなに気持ちのいい効率的な支配はほかにないわけであります。よって、地方の秀才を吸い上げて、中央で教育するということになるでありましょう。大学は東京大学しかないという時代があったのであります。これが帝国大学と名前が変わり、その学生を「帝大生」と称して別格の扱いをしていた時代を、漱石さんは経験していたのであります。そうしたところで漱石さんが見たり画像聞いたり付き合ったり軽蔑したりした地方出身の学生のありかた、それをコミカルなところではなくて、シリアスな側面から描いてみたのかもしれません。親が健在で地方の名士なら、子供は期待を背負って一高生や帝大生となるでしょうけれど、年齢を考えたら親の方は初老でありまして、在学中に亡くなることだってあったはずです。それが影響を及ぼさないわけがないのであります。

ツツジが今頃盛んに咲いております。

『こころ』に出て来る先生の場合は、一高への進学で上京する寸前に両親が腸チフスで相次いでなくなりまして、このことが暗い影を落としたわけです。叔父が財産を使い込み、持ち出した解決策は叔父の娘との結婚でありますが、これを蹴ったところで先生の運命は尽きたと見ていいでしょう。故郷を喪失した風来坊でありまして、何をしようと勝手でありますけれども、心機一転住もうと思った未亡人下宿に美しい娘がいたことが、さらに事態を悪くしたと言えるのであります。幼馴染の従姉妹との結婚には乗り気でなかったらしいのでありますが、故郷を棄てて金だけはあるという帝大生としては、ちょっと軽率ではないかと思うのでありますが、先生の遺書はあくまで先生の独白ですから、漱石さんはこの先生の行動に対して批判の筆を及ぼすはずはないのであります。ものすごいエリートのとんでもない青春の蹉跌を、客観的にではなく主観的に描いて見たかったということなのかどうか。大正3年(1914)の4月20日から連載された『こころ』でありますが、全部で110節から成りますので、休まず掲載すれば昨日8月7日で連載終了であります。実際には途中で遅れたようでありまして、もう少し連載していたようです。現在の朝日新聞は、土日はお休みでしたので、まだ90節に届いていないはずです。

  しかし、エリートの自殺と言う点で、最後は世の中とリンクいたしました。

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