It was like I was in a dream.夢の中にいたみたい。(3)

嵐の前の静けさとはよく言ったものであります。薄く雲が掛かりまして、薄日が差しておりますが、風は微風、伸びすぎたザクロの枝がゆらゆら揺れているのが、レースのカーテン越しに見えまして、かすかに幹線道路の車の音が聞こえてくるのであります。先日からつがいの鳥が我が家の庭を見物しておりまして、おそらくはヒヨドリでありますけれども、冬の間の住いとして検討中なのでありましょう。のんびりとした朝でありまして、テレビをちょいとつけたら、『朝だ!生です旅サラダ』という長寿番組が映りまして、おなじみのロケは福島県の天栄村でありまして、田んぼをバックにラッシャー板前さんがご飯とキノコ汁と牛肉を食べているんですけれども、後ろに並ぶ地元の方たちの後ろは画像、田んぼと秋の山、のどかな風景であります。村らしい村と言ったら、確かにあそこでありましょう。奥羽山脈の山の中にありまして、東側は阿武隈水系、西側は阿賀野川水系に属しておりまして、羽鳥湖と言うダム建設でできた湖沼がありまして、二俣温泉という温泉郷もあるのであります。スキー場も別荘地もありますから、知っている人は知っている、そういう場所のはずであります。

ツツジがずっと秋の間咲き続けております。

真冬に一輪、二輪咲くなら、ある意味よくあることなんでしょうけれども、二か月くらいに渡ってちらほら、ちらほら、全体にパラパラと咲いておりまして、一体どういう意図があるのか。植物に関して、いろんな読み物を読みますと、植物も生き残りをかけて戦略があるというような事が書いてありまして、あれは植物を語る人のファンタジーのような気がするんですが、どんなものなのでしょう。例えば花の芳香は蜂などの昆虫をおびき寄せ、受粉を拡大するためのものだなどと、まるで植物に意志があるかのような記述をしているわけで、分かりやすいので黙って読んで参りましたが、どうもそういうことではないような気もします。それでも、食虫植物などと言うのがいれば、場合によっては植物が狩りをするわけでありますから、意志がありげでありますが、本当のところはどうなんでしょうか。擬人法は使うと分かりやすいんですが、あんまり植物に戦略があると言いすぎるもの行き過ぎのような気がするのであります。ツツジの場合、そばにサルスベリがありまして、それを私がずっと撮影するものですから、もしかして自分もサルスベリのような咲き方をして気を引いたのでありましょうか。家庭菜園で目立ちますのは、イチゴを育てると、イチゴのようにランナーで増える雑草が目立ちますし、今年は紫蘇をはやしておいたら、似たように立ち上がる雑草が生えました。

   植物に意志があるなら大地にも意志があるかもという気がしてまいります。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック