Eusociality is a term in animal behaviour.真社会性(1)

知らないことをタイトルに付けるというのも勇気が要りますが、勇気があっての仕業ではありません。だいたいにおいて、自分が世の中の何をどの程度知っているのかと自問自答すれば、ほとんど何も知らないということは自明のことであります。電気のスイッチの仕組みだってよく知りませんし、何より電気が何なのか、そういうこともよく分かりはしないのであります。LEDって言ったって、これまた何のことかわからず、法務大臣の内輪の問題だってさっぱりわからないわけであります。何を以て分かったことにするかと言う程度問題ですが、本質的な事なんかさらさら分からないのが世間の人の普通でありまして、私も自分が何のために生まれ、何のために働き、何のために庭仕事をするのか、まったくもって知らないまま惰性で生きております。ただほのかに、今日しなければいけない事、してはならない画像事、してもかまわない事、そういうことが分かりますので、意味はなくとも意識はありますから、日々転がってゆくわけであります。おととしくらいに、庭のあちらこちらに紫蘇が芽吹きまして、他の雑草とは違うと思ってなるべく抜かないようにしたのであります。去年はその一本が家庭菜園に大きく育ちまして、これを枯れに枯れるまで放置しました。その種が今年の紫蘇の家庭菜園占拠につながったのでありましょう。

枯れた紫蘇をすべて抜いてみました。

抜いてみて感じたのは、紫蘇のおかげで雑草の繁殖が妨げられたようでありまして、紫蘇と言うのは非常に強力な清浄機能を持っているらしいということであります。植物と持ちつ持たれつの昆虫やバクテリアがいるはずでありまして、それらの相互作用によって、紫蘇を抜いた後は非常に何かきれいなのであります。紫蘇を抜いておりましたら、抜いた後の家庭菜園の土の上に、小さな黒いカナヘビの子供が出てきまして、日の当たる地面を珍しそうに移動しておりましたが、この小動物は変化が大好きでありまして、草をむしったり、地面を掃いたりすると必ず出て来て、変化した場所で動き回るのであります。季節はもう冬に向けて動き出しておりまして、ドウダンツツジは赤く色を変じつつありまして、雑草の多くは枯れかけているのであります。オオキバナカタバミの葉っぱが次第に家の隅々に姿を現しまして、これに対してドクダミの葉っぱが変色して、季節の終わりを告げているのであります。本日サルスベリを見てみましたら、なにやら赤い花弁の名残が見つかりまして、もしかしてこのニ三日目立たぬように咲いていた節があります。今年は、カマキリが姿を消しまして、それとは関係なく一時盛んに出入りしていた猫の姿をとんと見かけなくなりまして、もしかしたら飼っていた人が亡くなりまして、猫たちもどこかに引き取られていったのかもしれません。

   植え替えたユキヤナギは所を得て繁殖し、来年の春が楽しみであります。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック