Eusociality is a term in animal behaviour.真社会性(8)

さて、真社会性とは何かということなんですが、どうも非常に難しいことのようであります。社会性のある昆虫と言えば、集団で生活しているハチが有名でありまして、蜜のありかを教えるのに8の字を書くなんてのが、私なんかの小中学生の時の、とっておきの話題だったのであります。ファーブルなどという研究者の名前が浮かびますけれども、そういうのが好きだったら私の人生も違うものになっていたことでありましょう。昆虫の種類の少ない、冬の期間の長い地域に生育したために、見たこともない昆虫の話があっても興味を抱かなかったのであります。それでも、夏になれば虫はいくらでもいたわけですが、それをいちいち補虫網で採るということが意味がないような気がしまして、親戚の子供が来てトンボだと叫んでも、馬鹿じゃないのと思っていたのであります。それに近所の子は蛙を捕まえるとお知りに爆竹を突っ込んだり画像しまして、そんなのを見せられたら、昆虫を捕まえるとか小動物をいじるとかそういうのは嫌いになって当然、好きになってはいけないことでありましょう。さて、「真社会性」というのは、定義の問題でありまして、それは不妊の階級があるというような事であります。不妊なのに子育てに貢献するということらしいのでありまして、分かったような分からないようなことであります。

さて、昨日の藤袴の全景であります。

ふじばかまを初めて見ましたので、ようやく万葉集の山上憶良の秋の七草の歌が分かるようになりましたけれども、いくつか疑念が湧くわけでありまして、その一つは『万葉集』というのは、漢字だらけで読めないものでありまして、それをいつの時代も適当に分かったことにして読むのであります。だから昨日は平仮名まじりの形を引用したんでありますが、これを漢字で表記したもともとの物を見ると、結構妙な気分になるのであります。それともう一つ、山上憶良は短歌と旋頭歌を使って秋の七草を紹介しておりますが、旋頭歌って何だろうという疑念であります。いえ、もちろん「せどうか」というのは何となく知っておりますが、わざわざ旋頭歌にするほどのものなのかどうか。出来上がった短歌などを示されたら、それはもう古典の香りがして、冒し難い雰囲気が漂いますから、ひたすらありがたがって拝読すれば事足りるのでありますけれども、そういうものをひとたびいじり倒してみると、いろいろとその作品にもぼろが出るのであります。いつかも、例の藤原定家の『小倉百人一首』をパロディにして遊んでみたら、元の歌の問題点が分かっちゃったことがありまして、何事も疑って疑って、いじるのがいいのであります。では、昨日の短歌と旋頭歌の復習であります。

   山上臣憶良の、秋の野の花を詠める二首
秋の野に 咲きたる花を 指(および)折り かき数ふれば 七種(ななくさ)の花
萩の花 尾花葛花 瞿麦(なでしこ)の花 女郎花 また藤袴 朝貌(あさがほ)の花


ご覧のように、最初の1537番歌が短歌で五七五七七、次の1538番歌が旋頭歌で五七七五七七でありまして、そうするとすぐに浮かぶ悪戯というのは、旋頭歌を二つに分けて、最初の歌の五七につなげてしまうという、単純なことであります。

秋の野に 咲きたる花は 萩の花 尾花葛花 瞿麦(なでしこ)の花 
秋の野に 咲きたる花は 女郎花 また藤袴 朝貌(あさがほ)の花


これで分かるのは、旋頭歌の最初に四つの花が出てきまして、後の方に三つ出てくるということで、アンバランスということなのであります。もともと「七」という数字は奇数でありますから、当然のことと言えば当然であります。でもって、ここで考えましたのは、どうして歌の数がアンバランスなのかというところから、山上憶良の旋頭歌が実は非常に冗漫である、無駄が多い、いい加減なつくりであるということであります。つまり、「秋の七草」を紹介している旋頭歌は、実は簡単に短歌にできまして、それを実践してみると、次のような改作ができるのであります。ここではふたつ紹介して見ましょう。

①萩・尾花 葛に瞿麦(なでしこ)女郎花 また藤袴 朝貌(あさがほ)の花
 (はぎをばな くずになでしこ をみなへし またふぢばかま あさがほのはな)
②萩の花 尾花葛花 女郎花 瞿麦(なでしこ)朝貌(あさがほ) また藤袴
 (はぎのはな をばなくずばな をみなへし なでしこあさがほ またふぢばかま)


これで感じるのは、山上憶良の旋頭歌は「花」という言葉が多すぎるのでありまして、たぶん「尾花」以外は必要ないのではないかという疑惑であります。「はなはなはなはな」と言い続けているわけで、どうかと思うわけであります。やはり、宴会などで即興で作ったままでありまして、①では「花」を大量処分しまして、「をみなへし」の漢字表記と末尾のところに「花」を残して整理してしまいました。それから、元の旋頭歌では「また」の位置がおかしいわけで、五つ紹介して、後の二つの前に「また」というのは悪文の見本であります。だから、そこは「また」を生かして作り換えたのが②であります。よろしいでしょうか。

  何事もありがたがって不可侵と思っていると理解が進まないような気がします。

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