The weather is changeable.秋の空(4)

立冬を過ぎましたが、街行く人の姿はもう冬支度であります。二十四節気の中の立冬と立夏だけは何だか許せるような気がしまして、立夏の後は半袖で充分でありますし、立冬の後は暖かいオーバー、コート、ダウンジャケットを羽織りまして、できればマフラーなどを首に巻きたいものであります。男性よりは女性の格好の方が冬支度が出来ておりまして、要するに外に出て行く女性たちは自分で自分の支度をするから、しっかり季節の変動に対応しているの画像かもしれません。これに対して、男の方はなかなか対応してもらえない様子がうかがえます。今日でも、電車の車両に一人はワイシャツ姿の人がおりまして、これはもううかつな馬鹿者でありましょう。少なくとも、昨日一張羅の背広を飲み屋に忘れた人としか見えないのであります。さて、明日はマフラーだけで対応するのか、それともコートを羽織るのか、朝の気温を考えて素早く決めて出かけなくてはならないことでしょう。

いつの間に 咲けるや庭の 花ヤツデ(粗忽)

ヤツデの花が咲きまして、これでこの庭の年内の花の開花は終了であります。大きな蜂が蜜を吸いに来ておりまして、首ったけであります。普通の蜂は人間なんかに用はないのでありまして、せっせとヤツデの花に取り掛かって蜜を吸っております。どこに巣があるのかもわかりませんが、遠くから蜜のにおいに引かれてやって来るのでありましょうか。ヤツデも名前だけは知っておりましたが、生まれ育ったところには生えていないものでありまして、ここでしっかりと知ったような気がいたします。記憶をたどると、この時期には生まれ故郷は初雪がありまして、木枯らしは強烈でありまして、そういう中で咲いている花の記憶がないのであります。故郷を離れて東京に出ました時に、真冬の画像山手線の土手が緑の草でおおわれているのを見て驚いたものでありまして、東京は真冬でも草が生えるのかと、気温の違いに呆然としたものであります。駅の雑踏に驚くよりも、草が冬枯れしないで生えていることに驚くという有様でありまして、田舎で想像する都会というのは、巨大なビルだったり、行き交う人並みでありますが、わざわざ山手線の車窓から見える雑草なんかは紹介もしないし、ましてや想像の範囲外だったのであります。

本日もカマキリ姉さんは狩をしている様子。

男女が平等になりまして、全く同等の教育を受けまして、就職の時にも男女で差別をしてはならないということになりますと、さて結婚して赤ちゃんができた時にどうするかという問題が生じます。それくらいのことは、世間の人は考えておいてくれているのだろうと思ったら、それはとんでもない。誰も何にも考えていなかったのであります。とりあえず乳児の時くらいは面倒を見るにしても、生活のこともありますから女性も元の職場に戻ろうとするのであります。そうすると保育施設に子供をあずけたいのでありますが、よく考えてみたら保育所が足りないらしくて、世の中が困り切っているのであります。もちろん、保育する人も養成すればいいのでありますし、ビジネスチャンスとしてどこかの会社が保育に乗り出してもいいはずなんですが、これがなかなかうまくゆかないようであります。さて、平等を謳い上げた人たちは果たしてこうなることを望んでいたのか、そして当然こうなることを予見して対策を講じておいたのか。いえいえそんなはずはありません。社会的な権力のある親の娘が、母親などに保育を任せて社会進出を果たしたのでありまして、彼女たちは保育所探しに骨を折ったことはなかったのであります。第二次大戦後、女性も大学に入れるようになって、そのほぼ一期生の女性たちは意気揚々と男の職業に参入したんでありまして、そういう人の話を雑誌の企画で伺ったことがありました。あれから数十年、普通のお父さんお母さんの娘が社会に出ようとして、お母さんだって働いておりまして、子供を預ける先なんかどこにもないのでありましょう。ははは。ははははは。あはははは。私も多少鍵っ子だった時がありますけれど、私が小さいうちは母はやむなく家に居りました。つい、笑ってしまいますが、笑いごとではないのでありましょう。深刻だ。

   小さい子供が足手まといだというのでは、この社会は滅びることでしょう。どうするの?

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