The air is so cold.空気が超冷たい。(8)

長らく生きてまいりましたが、そろそろ年貢の納め時でありまして、もうそんなに長くはないような気がするのであります。若い頃には多少の無理もきいた体でありますけれども、うっかりすると触手の一本二本が欠けそうでありまして、何だか羽もうまく開かないような気がするのであります。あれほど茂っていた植物も、近ごろはどんどん枯れまして、竹ぼうきであっさりと掃かれてしまいまして、狩りをするときに隠れる場所が無くなって来たのでございます。それより何より、ずっと食糧にしてきた昆虫がだんだん姿を消しまして、もうこの一週間、旨そうな昆虫は見当たらない有様画像であります。姉上は南の家庭菜園を囲むリュウノヒゲの上で絶命しておりまして、まあそれを見たからと言って感慨を持つ私じゃありませんが、妹としては忸怩たるものがあるのでございます。「じくじ」って読める方は、人間としても教養のある方ですから、きっと私が誰なのかお分かりになるはずなのです。よいこらしょっと、あたたたた、触手が金属の隙間にはさまれました。

移動の途中で自転車に立ち寄ったのが運の尽き。

思い起こしてみると、私はこのあたりで生まれたのでありまして、おお、そうだそうだそのヨシズの端にある卵鞘から生まれんではなかったかと、かすかに記憶しておりまして、なんだか懐かしいような、あそこにたどり着いて重くなったお腹の中を絞り出さねばならないという切迫した気分があるような、妙な気持ちでございます。生まれた瞬間に見えたものは、確かにこの自転車でありましたが、その時は非常に大きく見えましたけれども、今見るとあの頃の10分の1、あるいは20分の1、それはきっと自転車が縮んだんじゃなくて、私が巨大化したということなのでしょう。自転車の近くにあったランタナの茂みの中におりましたら、人間がやって来てカメラをしきりに私に向けておりましたけれども、そうか、じゃあ今私にカメラを向けているのも同じ人間かも知れないのであります。同じだとしても随分縮んでおりまして、小さくなったものであります。あれから暑い夏を木陰で過ごし、涼しくなった秋には太りに太った昆虫を、この自慢の鎌と、自慢の顎で、すれ違うを幸いと狩りに狩りましたけれども、自分の狩の才能にどれだけほれぼれしたことか。ライバルはカナヘビでしたが、あ奴らは狩りの仕方が甘いので、私の敵じゃあありませんでした。いつだったか、カナヘビの狩を観察しましたが、ジーと待っているだけで、あれは狩じゃありません。単なる日向ぼっこ。それに比べたら、私は天性の殺人鬼、次から次とうまそうな昆虫は捕まえるだけ捕まえて、食ってしまいましたっけ。そうそう、夫が背中を見せたので、さっそく餌食にした日もありました。ありゃあ、天下の珍味でございました。おいしゅうございましたのよ、おほほほほ、おほほほほ。ああ、あごが外れてしまいました。

  カマキリの 鈍き動きや 濡れ落ち葉(粗忽) 陽だまり探す 命はかなし(粗忽)

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