掌小説(5) 地下の霊安室・下 その3

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撮影者は著者。
2014年7月、白河市南湖神社境内。








 いやあ、驚いた。目が覚めたか。あんなところで泡を吹いて倒れるから、こっちの方が驚いたんだが。ああ、俺か、俺は圭吾の兄で誠吾。「まこと」に「ご」と書いて誠吾と言うんだ。ほら、昼間のバスで乗り合わせたじゃないか。そうそう、一番後ろの座席にいたよ。おっ、意識が随分しっかりしてきたね。まあ、この水でも飲んで、どうか落ち着いてくれ。ええっ、自分がどうなったか知らないって? 地下の霊安室の前でぶっ倒れただけさ。何があったか覚えていないって。そりゃあ大変だ。俺と弟で驚かしちゃったらしい。申し訳ない。だけどさ、霊安室のドアを開けて外に出ようとしたら、真っ青な顔のあんたが立ってるんで、こっちこそ驚いたよ。危うく倒れそうだったが、ちょうど弟がエレベーターから降りて来て、あんたを後ろ抱きにかかえたからよかった。そうじゃなきゃ、頭を打って本当に霊安室のお世話になっていたかもしれない。ここはどこかって? 君たちの部屋だよ。霊安室じゃないから安心してくれよ。おい、圭吾、お前の友達は意識が戻ったよ。もう大丈夫だ。地下の霊安室のドアから俺が出て来たんで、びっくりしただけだろう。ええっ? 抱きかかえたお前の顔を見て、それで気を失ったって言うのか。ああ、そうか、双子だと知らなければ、そりゃあ驚くよな。前から後ろから、似たようなのが出て来たら、そりゃゾンビだよ。霊安室だもんな。

 今夜は霊安室で寝ようと思ったんだが、さすがにそりゃ悪趣味だと圭吾が言うから、みんなが寝静まったところで、この部屋の押し入れにでも厄介になろうと思ったところだったんだ。済まない済まない。おとといは、君らの後ろから鍾乳洞も入ってみたんだよ。俺は日焼けしているし、圭吾のように眼鏡をしていないから、誰も気が付いていなかったね。夜? ああ、岳温泉はキャンプ場で野宿した。別に平気さ。俺はアマゾンでも、サハラ砂漠でも、シベリアでも野宿して平気だったのさ。

 ここは、俺と圭吾の故郷でね、君らが入った団地の部屋は、あれはうちだったんだ。勝手知ったる我が家さ。圭吾と俺のいたずら書きが、壁にいっぱい残っていたろう? もちろん、この病院のこともよく知っている。あの霊安室を最後に使ったのは、圭吾と俺のおふくろだよ。あのころは、かあちゃんって呼んでいたけどね。おふくろが寝ていた霊安室が残っているからそこで寝てみたいって言ったのは、俺なんだよ。霊安室には、おふくろが安置されたときに、兄弟で書いたいたずら書きが壁に残っているんだ。それをさ、見に来たのさ。えっ? なんて書いたかって? 読めなかったよ。小学校に入る寸前でね、でたらめな字で書いてあった。さかさまだったり、ひっくり返っていたり、めちゃくちゃな字だよ。でもたぶん、「ここはぼくたちのおへやです」って書いたんだと思う。霊安室があの時はきれいな部屋に思えたんだよ。花が飾ってあったし。……大きな白い百合の花が飾ってあって、あれはおふくろが一番好きだった花で、団地の周りにも夏になるとたくさん咲いていたんだ。だからね、おふくろの好きな花を誰かが知っていて、飾ってくれたんだと思ったのさ。子供はね、そんなものさ。

 ああよかった、起き上がれたね。おどかして済まなかった。それにしても圭吾、どうしてお前、エレベーターから出て来た。何? ボタンを強く押したら地下に来られたっていうのか。そうかそうか、いいタイミングで抱き止めたね。いや、待てよ、お前の顔を見て泡を吹いたんだった。じゃあ、お前のせいじゃん。(了)

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