I went around the location of the memory.俺たちの旅。(5)

テレビの時代と言うのがありまして、その前は映画の時代があったのであります。生放送がテレビの基本だったそうで、ドラマなんかはぶっつけ本番、ビデオテープが出来て編集するようになったのはずっと後のようであります。よって、私などが子供のころになじんだドラマはほとんどテレビ局にも映像が残っていないそうなのであります。手軽なビデオ録画が普及するのは、実は1990年くらいからでありまして、みんながVHSビデオを買い求めている頃に、インタ画像ーネットの時代が来てしまったのであります。そう考えると録音とか録画とか、そういうものの媒体の変遷も目まぐるしくて、そのたびに映像媒体の視聴の仕方が変化するのであります。街のビデオ屋さんは1985年くらいからあったと思うのでありますが、20年前には隆盛でしたけれども、10年前にはDVD屋さんでありまして、もう今はビデオ屋としては風前の灯火でありましょう。

干した布団にカマキリが見参。

ビデオどころか、CDやDVDすらレンタル屋から借りることがなくなりつつありまして、なぜならネット配信があり、さらにはAmazonで買ったっていいわけで、買うならヤフーオークションで探したっていいのであります。ブックオフなどを丹念に回ると、さらに格安で目的のものが見つかることが多いのでありまして、これから先映像をどういう形で享受するのか、その変化が楽しみでもあり、一面不安でもあります。たとえば、思春期に歌謡曲に目覚めてベストテン番画像組などをぼんやり見ていたものですが、あれはシングルで発売された曲を流していただけでありまして、実はシングルと同時にアルバムが発売されることが多く、そっちの方にもっといい曲があるなんてことはどうやらざらなのであります。

2センチくらいの大きさのカマキリ。まだ小さい。

考えて見れば、兄弟の部屋にこっそりと入って、ステレオのスイッチを入れ、レコードをこっそり聞いたものですが、そのなかにあった吉田拓郎や井上陽水のアルバムを、大音量で何回も聞いていたのであります。ほとんど、ベストテンなどと無縁の歌手でありまして、だからそれを旬のフォークソングなどとは思わずに聞いてしまったのでありまし画像て、自分の趣味を誰かにさりげなく自慢するために聞くなんてことが普通だとおもうのに、誰にも語らず、聞いたことさえすっかり忘れていたのであります。兄弟の部屋にはギターも転がっておりましたが、別にそれを何とも思わず、部屋の飾りの如くに思っていたのであります。

こっちを少し威嚇するカマキリ少年。

中学生のころに土曜の夜には徹夜を試みるようになりまして、深夜のラジオ放送を聞いたりしておりましたが、ちょうどカセットレコーダーが出始めた頃で、高価なカセットテープを高いとも思わずに買い求めて、それにラジオのベストテン番組を録音したりして、歌謡曲を聞き覚えたりしましたが、その頃のカセットテープを何本かは保存していますけれども、さて後どれくらいもつものなのか。ただし、再生する機械はもう我が家にはありませんから、聞きたくなったら再生できる機械を探しにハードオフなどへ行くのでしょうけれども、それもまた面倒であります。ラジオの電波はうねっておりまして、それでも時間帯によってはきれいに録音できたんですが、今聞いたら驚くような音質でありましょう。耳の方が耐えられないのではないかと予想できてしまいます。

   捨てても捨てても、人生のゴミは無くならないのであります。やれやれ。

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