A fool may give a wise man counsel.負うた子に教えられ。(7)

昨日は草むしりに精を出して、汗をしとどにかいたせいなんでしょうか、しっかりと熟睡しまして、久しぶりによく寝たという感じであります。どうやら、冷房のある部屋から出て、少しは汗を流したほうがいいのかもしれないという気がいたします。汗をかいた後で、しっかり冷水で体を冷やしまして、麦茶をここぞとばかりに大量に飲んでおりますから、熱中症にはならないことでありましょう。本日も夕方すこし雲が掛かって空が翳っておりましたので、昨日の続きを試みまし画像た。昨日むしった草は、日当りのいいところに干してありまして、からからに乾いたら生ごみ扱いでゴミの収集に出すつもりであります。気候のいい時なら、庭の奥に穴を掘って埋めてしまえばいいんですけれども、今庭の奥は人跡未踏のジャングルと化しておりますので、全く近寄れないのであります。今朝一番で庭の植物に水遣りをしましたら、サルスベリからぽとりと落ちるものがありまして、よく見たら昨日のカナヘビであります。どうやらなついてしまったようであります。

サルスベリも色を増しました。

草むしりをした後で、仕上げとして竹箒をかけたんですが、いつも思うのは、竹ぼうきで履いた後の地面の様子の、なんともすがすがしいさま、本当に神様が降臨したというような状態であります。不思議なのは土のように見えていたゴミや塵が竹箒に吐き出されて集まるんですが、これが一体何なのかと言うことであります。土になりかけの腐葉土と称するものなのかもしれませんが、明らかにその下に出現する地面とはどうも違うようなのであります。こう言っても通じない人もいるだろうなと思うのでありますが、土間などを掃くと、明らかにちゃんとした土間の床が出現しまして、それに対して妙に埃っぽい土ぼこりが箒によって集まるものなのであります。ちゃんとした土なら、あるいはちゃんとした土間の床なら、箒くらいの刺激では削れてなくなったりはしないのであります。よく掃き清められた神社仏閣の庭の地面は、あれはだから相当な手入れの結果の物だと分かるわけです。同じようなことは商店街にも言えることでありまして、ちゃんとしたところは早朝にガラス窓などをきれいに磨き、歩道などもじっくりと掃き清めているはずであります。そういうところは、人の賑わいも絶えることがないわけで、そうでない商店街は寂れることでしょう。見えないようでいて、人間のセンサーには清潔か清潔でないかは、瞬時に感じ取れるもののようであります。

   掃除機では畳はきれいにならないようであります。座敷箒が必要です。

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